どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記44>-大間町①-台風余波で海峡フェリー欠航、大間で船待ちの一夜

-No.2099-
★2018年06月21日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 3025日
★ オリンピックTOKYOまで →  399日
★旧暦5月19日、寝待月・居待月
(月齢17.7、月出22:38、月没08:35)












大間町…ちょっとだけ変貌!?

 むつ市で、スマホのメンテナンスを済ませ。
 国道279号(愛称=むつはまなすライン)で、ふたたび海峡通りへ。
 昨夜、台風をやりすごした下風呂温泉を通って、大間町を目指す。
 この道も《11.3.11》以来、すっかりなじみ〔・・・〕になった。

 大間は、フェリーの出る港。
 県都青森より北海道函館の方が至近(海上約23km)、しかも便利なので、「函館市大間町」と俗に言われるほどの海峡の町。

 諸事〝喰い気〟に収斂する傾向の近ごろは、海峡の「大間マグロ」漁で勇名を馳せ、「超ビッグ・ファイト一発で億御殿が建つ」…人気は、かつての「北洋稼ぎ」の比ではない。
 と、いっても、それはあくまでも、ごく一部にかぎられた話しで。

 ゲンジツには〝原発マネー〟の方が、目に見えて、とりあえず町を変貌させている。
 こんど訪ねて見ると、町役場は新たな地所に引っ越して、いまふうの建築物になり(…といっても原発はまだ未完成のため台所はクルシい)。
 「電源立地地域対策交付金」で新築なった町なかの大間小学校は、まわりの住宅地風景からは、やはり浮いた存在になっていた。

 新役場のすぐ裏手にまわると、大間原発がすぐ目の前。
 原発が御殿で、役場は家老の邸…といった風情であった。
 ここでは、原発と民家の距離があまりにも近く、おそらくは、およそ500mくらいのものだろう。

 大間原発での、ぼくたちの定点は、仏ヶ浦方面へ少し南に行った、奥戸〔おこっぺ〕漁港。
 きょうは、その空が暗雲に覆われ、港には人っ子ひとり姿も見えない……
 
 指呼の間に大間原発を望む奥戸漁港は、岸壁などの整備が成されたほかに、とくに変化は見られない。
 大間原発誘致では、大間漁協に144億円、奥戸漁協に90億円の漁業補償金が支払われており。
 電源開発(株=Jパワー)は他に、町役場建設費の一部も負担している。

 その、いまだに〝建設中〟(08年に始まった工事の進捗率は37.6%)状態の大間原発
 18年春には、同年中の工事再開を目指すとされていたが、原子力規制委員会による新規制基準への適合検査が長引いており。
 結局、ぼくたちが訪れた9月に入っても再開されることなく。またしても(3回目)、2年後の20年後半に延期。
 これによって、世界初のプルサーマルプルトニウムとウランの混合酸化物=MOX燃料を燃やして発電する軽水炉発電所の稼働目標も、さらに2年(2026年)延長されることになった。

  ……………

 17年暮れには、在京の新聞に「六ケ所村独り勝ち」の見出しが躍った。
 六ケ所村だけが、工事需要の好景気に沸いている、という。

 そのわけは、使用済み核燃料再処理工場の完成延期が(計24回も)繰り返された(にもかかわらず)、そのおかげで、追加の安全対策工事の需要が増大しているからだ、と。
 こればかりは、たとえ原子力発電を許容する人たちにとってさえ(ナンのこっちゃ)であろう。
 
 つまり、他の2原発東通と大間)が工事中断して、立地自治体の景気も青息吐息のなか、いちばんの問題児、日本原燃の施設を抱える六ケ所村だけが、追加々々工事が喰う金のおかげで地元も潤っている…という。
 なんとも、ヤリきれないお話し。
 (なお、その後、18年9月中旬になって、日本原燃核燃料再処理工場が新規準に適合となり、六ケ所村だけの好景気は、まだまだつづく見通しだ) 

  ……………

 ぼくたちは、奥戸港から町なかに戻り。
 港に近い、ビジネスホテルに投宿。

 明日は、7:00発。
 大函丸の早朝便で、いよいよ北海道に渡る……はずであった……