どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.61~  世界遺産〝炎上〟…ノートルダム大聖堂

-No.2084-
★2018年06月06日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3010日
★ オリンピックTOKYOまで →  414日
★旧暦5月4日
(月齢3.1、月出06:54、月没21:39)



※きょう6日は、二十四節気の「芒種(イネ・ムギ・トウモロコシなどの種を蒔く頃)」で、また同時に、七十二候の「蟷螂生(カマキリが生まれる頃)」。うちでは…まだ…ちっちゃなクモの仔が、糸のさきで風に吹かれているばかりです、が。実生の植物は、もうすっかり、芽を出してスクスク伸び盛り。空は、もうじき梅雨入りの気配デス。









◆フランス現地時間4月15日夕、発火・炎上

 パリの〝ハート〟、ユネスコ世界文化遺産でもあるノートルダム大聖堂(その姿から〝白い貴婦人〟とも称されるローマ・カソリック寺院=最終的な竣工は1345年)が、大規模火災。
 高さ93mの尖塔をふくむ屋根の3分の2を焼失しました。

 (えっ…あの石造りの建築が……)
 ぼくも最初は素朴にそう想い、愕然。
 けれどもすぐに(そうか…〝木骨〟か……)足もとを掬われた感じでした。

 <木造>は、いうまでもありませんが、石造・コンクリート造であっても<木の骨組み=木骨>は建築史上ありつづけ、いまもあります。鉄骨にくらべ、細部や仕上げを繊細に表現できる特長があるからです。

  ……………

 ぼくがパリを訪れたのは、いまから37年も前の1982年。
 いちばんの驚きは、街や自然のもつ乾いた色気。
 (この色あいは湿り気で潤うニッポンにはない!)
 持ち帰ったカラーフィルムを現像して再確認、油絵の乾性油というのが理解できたように思えました。

 ルーブル美術館の、膨大な作品群にもまして、館内の空気にここちよい熟成を感じました。
 そうして、きわめつけがステンドグラス。
 このときは、ロアール地方の古城めぐりなどもして、ステンドグラス文化も満喫したのですが、なんといっても圧倒的だったのが、ノートルダム大聖堂の<ス テ ン ド グ ラ ス>。
 なかでも<ばら窓>(写真、右上)のそれは圧巻…唖然…茫然……

  ……………

 (あのステンドグラスはどうしたろう)
 現場の目撃映像によると、どうやら大損壊はまぬがれたように見えました、が。
 さて、なにが、どこまで、どうなっているのやら……

 新聞報道は、尖塔先端にあった青銅製の<風見鶏>が奇跡的に「原形をとどめた状態で見つかった」と伝えていましたが、その中に納められいた<聖遺物(仏教における仏舎利のようなもの)>がどうなったのかは、わかりません。

  ……………

 パリジャン&パリジェンヌたちの、すべてのフランス国民の、<うてばひびく>反応はみごとでした。
 再建にむけての、個人や企業などからの献金・寄付も、半端なものじゃなかった(直後の段階ですでに日本のお金で軽く1千億円以上とのこと)ようで。
 これは、日本だってきっとそうでしょう、が。
 キリスト教世界、カソリックの底力を、あらためて見せつけられる思いがしました。
 (これに反発する声も小さくはなかった…のも事実ですが)

 焼失した尖塔の再建にあたっては、現代の智慧の結晶たるべく国際的なコンペティション(コンクール)が実施される見込み、とも。

 フランスのマクロン大統領は、さっそく意気軒高に「5年以内での再建」をうちだしましたが…これは、いまの彼の政治家としての不安定な状況や、東京大会の次のオリンピック開催(2024年)地であることを意識してのこと。
 そんなに、たやすいものではない、でしょう。

  ……………

 それよりも

◆形あるものは滅びる…のが自然、ということ

 ぼくが、前から言ってること、ですが、あらためて再確認しておきたいと思います。
 <いまある>のは<いつもある>わけじゃない、<いまある>のは<なかった>ところから仮りているだけ。
 というのが厳然とした事実です。

 だから、すべての<いまある>、モノでもコトでも、いずれはなくなります。
 地球も生きているから、そりゃ、クシャミだってします。
 天変地異に、ワザトも、イジワルも、アクイもないんですから。
 火災にだって、天災もありゃ、人間のミスも故意も、なにかのマチガイだってありますよ、ね。

 こんどのノートルダム大聖堂の場合。
 修復工事中の失火による可能性が指摘されています、けれども。
 ほかにも原因になることは、たとえば溶接などの火花や蓄熱があり、ついでに作業員の喫煙失火なんかもあります。
 それから屋根裏には、ハトやカラスなど鳥類の巣がつきもので、これも火種になりやすい。

 フランスでは、作業後、少なくとも1時間は作業員が現場にとどまる(様子を見る)規則がある、そうですけれども、守られていないこともあるらしい、ですね。
 
 この火災を伝え聞いた(アメリカ)ニューヨーク市の消防局元幹部は、取材のニューヨーク・タイムズ紙記者に語ったそうです。
 「大聖堂は燃えるためにあるようなものさ、礼拝の場でなければ(違法建築として)摘発対象だよ」と。

 ふりかえって、木造の国ニッポンでの現実は、もっともっとキビシい。
 すでに、法隆寺金堂の壁画が焼損してますし、国宝の金閣寺だって全焼してます。

 国の対策で、国宝・重文指定の建造物には火災報知器の設置が義務付けられていて、昨年4月時点で設置率は96%だそうです、が。
 そのさきの消火装置になると、これはまだ、所有者の判断まかせ。
 文化庁でも「対策はまだ道半ば」と認めています。

 これからも、燃えたり、壊れたりを、くりかえすことでしょう。

 すると、「再建だ」「修復だ」となります。
 なにがなんでも…です。
 ぼくだって「放っとけ」とは言いません、修復するもよし、再建するのもいいでしょう。

 ただ、「形あるものは、いずれ滅びる」んですから。
 どうしたって、それが道理なんですから。
 まず、なによりもさきに、そのことをシッカリ肝に銘じて、「なくなったときに備える」覚悟があるべきです。

 そのうえで、やむをえない「なくせるもの」には、<こころのこり>だけれども、<口惜しい>ことだけれども、<おひきとりを願う、命あるものはみな同じ>であるべきでしょう。

 <エゴイズム>とか<わがまま>には、知的水準とか生活レベルとかは関係ないようです。
 自分が好きなもの、関係することに<こだわる>体質にも、人間性のブレーキは利かないものらしい。
 誰もが(じぶんはそんなんじゃない…)とばかり思いこんで、(これだけは別…)と決めて譲りません。

 それならそれで、保存の智慧や苦心くらいは買ってでてほしいものだけれども、そっちはアナタまかせ、ときてる。
 たとえば、修復や再建にかかせない伝統の工法や技術を、継ぐ者は減るばかりです。
 
 ノートルダム大聖堂の再建には、少なくとも数百人規模の職人がたりない、といわれます。
 ニッポンの国宝・重文を修復できる人材確保にも、さきゆきは不安がいっぱいなんです……