どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.59~ 『比類なきジーヴス』-美智子上皇后を読む-

-No.2077-
★2018年05月30日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 3003日
★ オリンピックTOKYOまで →  421日
★旧暦4月26日、有明の月
(月齢25.6、月出02:06、月没14:30)







★読書人、美智子上皇后

 そのことは誰もが知っています。
 ご自身、文章人でもあり、詩詞も書く、曲もつくられる。

 その方が、昨年秋10月。
 天皇退位を翌年にひかえた、ご自身の誕生日の記者会見で。
 「ご公務をはなれられたら、どうおすごしになりますか?」
 との、記者の問いに応えられました。

「これからは 一冊ずつ時間をかけ読めるのではないかと 楽しみにしています。読みだすと つい 夢中になるため、これまではできるだけ遠ざけていた探偵小説も、もう安心して手もとに置けます。ジーヴスも二、三冊待機しています」

 お立場上、個別の名称をあげられることは少ない方が、「ジーヴス」と仰ったので。
 ぼくは(そうか……読んでみるかな)と思いました。と同時に
 おなじ思いをもつ人が多いことだろうな、とも思った。

 …で、しばらく時をおいてから、ネット通販に注文しました。
 P・G・ウッドハウスの『比類なきジーヴス』(森村たまき訳、国書刊行会刊)
 イギリスでは、シャーロック・ホームズと並び称されるほど、といわれる人気シリーズの一冊です。

 ウッドハウス(1881~1975)が創りだしたジーヴスは、ユーモアとウィットに富んだ完璧なる執事。
 このジーヴスと「ご主人さま」バーティ―の名コンビがくりひろげる、(古き良き時代の…といっていいでしょう)イギリス社会のあれこれを、さまざまに、これでもかと語り尽くしていくお話しです。

 (そういえば、ノーベル文学賞カズオ・イシグロの『日の名残り』も、執事ものでした。-No.1541-2017年12月10日記事「ノーベル文学賞、イシグロを読む」)blog.hatena.ne.jp

 読後。
 そうだよねぇ、ミッチーは英文科だったもんな。
 これが、ぼくの想い。
 (正確には、聖心女子大学文学部外国語外国文学科、これは現在の、英語英文学科英語英文学専攻、にあたります。主席で卒業でした)

 民間から初めて皇室に入った美智子妃、あのときからずっと苦心と腐心の連続、天皇と伴に戦禍の地や被災地に暇〔いとま〕なく寄り添いつづけて来らた方ですから、これからようやく、心静かに、かつて青春の日々の想いに還ることができますように……

 平成天皇は昨年12月23日、85歳の誕生日の記者会見で、これまでの日々をふりかえられ、下記のように語られました。
「明年4月に 結婚60年を迎えます。結婚以来 皇后は、常に私と歩みをともにし、私の考えを理解し、私の立場と務めを 支えてきてくれました。(中略)みずからも国民のひとりであった皇后が、私の人生の旅に加わり、60年という長い年月、皇室と国民の双方への献身を 真心をもって果たしてきたことを、心からねぎらいたく思います」

 この「人生の旅」すなわち〝天皇の旅〟という表現は、さりげない〝玉言〟でしたが。
 考えてみると、美智子妃の少女時代も転校をくりかえす波瀾つづきでした。

 正田美智子さんは、1934年(昭和9)の生まれ。
 7歳(昭和16年)で双葉学園双葉小学校(東京都千代田区)に入学以降は、戦時に入るとともに神奈川・群馬・長野の学校を経て、1945年(昭和20)に5年生で終戦を迎えています。

 活発で真面目な、こまやかな情をもってスポーツも得意とした美智子妃の、こうした少女時代、変転をのりこえてきたことが、将来〝天皇の旅〟に付き添っていくうえでも貴重な体験として生かされた気がします。

 平成天皇が〝象徴〟天皇とはどうあるべきか…を模索しつつ歩まれた人生のなかで、美智子妃と出逢い、伴侶に迎ええたことが、なによりの幸せであり、なによりの事績であった…にちがいありません。
 
  ……………

 さて、そこで
 『比類なきジーヴス』読後の、ぼくの感想を言いますと。
 いい勉強になりました、けれども、ぼくの世界とはやはりチガっていました。

 ぼくも、ロシア文学の壮大なロマンや、英・仏・独・米・北欧文学などなどの洗礼を波とうけて育った世代です、けれども。
 欧米先進国の文明史を彩るがごとき「ウィット」や「エスプリ」には、どうも、なかななか、(スッと胸奥に沁みないといいますか)ついていききれません。

 おまけに大学は、美智子妃と同じ文学部とはいえ、ぼくの方は英文でも国文でもない、ジャーナリスト志向の新聞学科。
 性格としても、なにより素っ直〔そっちょく〕を旨とする、こともあるのでしょう、か?
 それよりなにより、きほんの、頭の回転軸の仕組みがチガウんだと思います。

 ですから、完璧な執事ジーヴスのユーモアとウィットに富んだ事件の解決ぶり、その斜めに身体をひねったような策略に「あぁ」と唸りつつ…ふと、そのむこうに美智子妃の(うふっ)と笑みこぼれる姿…を見る思いに、ただひたすら、ひたりつづけておりました……


 読後に、もうひとつ。
 脳裡に浮かんできたのは、「狸の好きなイヌビワ…」という言葉。

 同じ記者会見での発言であったかと思いますが、嫁がれた皇居の自然ゆたかな環境と、天皇に寄り添われて身につけられた植物への深い理解とを、しみじみ偲ばせるものでした。

 イヌビワというのは、ヒトにとっては不味い実からきた命名のようですが。
 その実じたいは、ビワというよりイチジク。
 美智子上皇后は、きっと、タヌキが旨そうに齧るのを実見したにちがいない。
 そんな日々が、これからはつづきますように……