どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記37>-宮古市②田老・岩泉町小本-

-No.2071-
★2018年05月24日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2997日
★ オリンピックTOKYOまで →  427日
★旧暦4月20日、更待の月
(月齢19.6、月出23:27、月没08:54)






◆田老の<桜咲く>球場

 津波被災地、復興へのうごきのなかで、ハード面ではなぜか、グラウンド(なかでも野球場)造成の先行が目立つ…のは気のせいだろうか。ぼくの気もちには、ずっと、ひっかかっている。

 ご承知のとおり、宮古市田老地区の防潮堤は、俗に「万里の長城」とも呼ばれ、防災設備の象徴のように言われてきた、が。
 その高さ10mの、念入りに「X字状」に築き上げられた防潮堤を、東日本大震災の大津波は越えて民家に襲いかかった。

 そこで行政は、防潮堤のさらなる4m嵩上げを敢行。
 その内側には、嵩上げ住宅地と「道の駅」や野球場などの公共施設地を設け。さらには北部の、海の見える高台に集団移転住宅地を整備した。
 ほかに道はなし、これでよし。ということだろう、けれど……

 どう見ても、チグハグな印象をぬぐいきれない。
 その視点の中心にグラウンドがある、のだった。
 正直なところ、この野球場に、どれほどの意義・役割があるのだろう?
 
 上の写真、上段の2枚は16年秋に撮ったもの。
 こんど(18年晩夏)訪れて見ると、「万里の長城」防波堤をバックに、 両翼92m 中堅120 mの 田老野球場には、「キット、サクラサク野球場 」の愛称がついており。
 今後、この野球場は、メジャーリーガー岩隈久志さんがゼネラルマネ―ジャーをつとめる草野球チーム「三陸鉄道キット Dreams(ドリームス)」の本拠地 (〝さんてつ〟とキット・カットのネスレも参画)になる、とのこと。

 …なにはともあれ、この草野球チーム本拠地が、期待どおりの「杞憂打破」になってくれれば、なにも言うことはないのだった。
 まずは、大活躍を祈りたい。
 
 ぼくは「道の駅」で、他所者には珍しい地元の食材を見つけて、よろこぶ。
  ・「しゅうり」と呼ばれるムール貝は、鍋料理に最適。
  ・マンボウの生身は、裂いて酢味噌和えにすると酒の肴にもってこい。
 …とのことだったが、旅の身ではアキラメざるをえなかった。

  ……………

 東日本大震災宮古市の被害】

 〇震災前の人口 60,124人(2011=平成23年3月1日現在)
 〇震災後の人口 52,778人(2019=平成31年3月1日現在)

 〇死者数  420人
 〇行方不明  94人
    計  514人

 〇家屋倒壊数 4,005棟

 ※震度5強~弱
 ※津波痕跡高は、重茂海岸21.8m、田老海岸16.3m、宮古湾11.6m。






◆岩泉町小本海岸

 岩泉町。
 沿岸部は、南隣りが宮古市、すぐ北隣りは田野畑村
 内陸部、奥羽山地の東隣りは盛岡市になる。

 岩手県の中央部から東部に位置する下閉伊郡のこの町は、平成の大合併があったあとのいま現在、面積992.36㎢という、本州でもっとも広い町。
 水の透明度が高い龍泉洞(鍾乳洞)のある町としても知られ、その水はミネラルウォーターとして販売されるばかりでなく、 町内でも中心地区の水道水源になっており。ほかの集落の多くでも湧水が利用されている、水に恵まれた町である。

 けれども、太平洋に臨む沿岸部にかぎれば、土地はごくささやかなもの。
 奥羽山地から流れ下る小本川の河口一帯に限られている。
 
 「浜街道」国道45号 は、宮古市街をあとにすると、本格的な三陸リアスの断崖に阻まれて内陸部に分け入り、併行して走る〝さんてつ(三陸鉄道)〟北リアス線もほとんどトンネルだらけになる。

 どこか大陸的な匂いさえする空気を吸ってしばらく走ると、道は「下り」を予告するカーブにかかり、右手上に北リアス線の「摂待」駅を見る。

 下りきったところが岩泉町小本。
 小本川を渡って、その先は、またリアス断崖へと駆け上がることになる。
 景勝「鵜の巣断崖」も間近…だが、そこからはもう田野畑村だ。

  ……………

 岩泉町も、この小本川河口部は津波にやられ、その被害は小さくなかったわけだが、周辺の〝沿岸部〟に依存する市町村にくらべれば、やはり大きくはなかった。

 酪農など〝山間部〟産業の優勢なこの町では、むしろ、16年(平成28)年夏、台風10号直撃による被害(死者9人)の方が深刻だった、かも知れない。

 つくづく、そう感じさせられたのは
 河口に近い、道の駅おもと「愛土館」に立ち寄ったときだった。

  ……………

 東日本大震災に被災した自治体はどこでも、復興の方策と予算の割り振りには苦労が多いわけだけれど。
 そして
 レベルは、それぞれの事情を反映して、とうぜんそれぞれに違っていたけれど。
 しかし
 この「愛土館」には、とりあえず造ってみました…というほかに、コレといった目標とか方策とかいったものが、感じられなかったことだった。

 正直にいえば、モッタイナイなぁ。
 この感想が、このとき(18年9月3日)訪れたぼくたちに、たまたまかぎられたエアポケットのようなものだったら、ゴメンナサイ、謝ります。

  ……………
 
東日本大震災【岩泉町の被害】

 〇震災前の人口 10,804人(2010=平成22年)
 〇震災後の人口  9,281人(2019=平成31年3月末現在)

 〇死者数  13人
 〇行方不明  0人
    計  13人

 〇家屋倒壊数 200棟

 ※震度4、津波痕跡高は岩泉海岸で20.2m。