どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記35>-大槌町⑤-城山そして大槌駅

-No.2060-
★2018年05月13日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2986日
★ オリンピックTOKYOまで →  438日
★旧暦4月9日、上弦・半月
(月齢8.6、月出12:23、月没01:14)


※11日(土)は、七十二候の「蚯蚓出(ミミズが地上に這い出る頃)」でした。家の庭では、まだ…ですが。土の中はたしかに温くなりました。





◆大槌を見守る「城山」

 
 東日本大震災では、湾岸背後の高台や突き出した山鼻などの高みが、多くの住民の命を救った。

 山裾まで含めて、この城山(大槌城址)にとり縋って命を拾った人もまた少なからず、そういう人たちから聞く救命譚は、いずれも生々しいもので。
 したがって、大槌町に来たらかならず城山に上がって見ることが、ぼくたちの習いになった。

  ……………

 城山の山頂は標高141メートルだが、展望台のあるところは一段低い。
 震災と津波の襲来によって、大槌町でもあがった火の手は城山の山肌を焼いて上り、震災後しばらくは焼け跡を曝していた…が。
 自然の快復する力の逞しさは、まもなく山肌にふたたび緑を蘇らせて、人々を鼓舞した。

  ……………

 それにくらべると、すっかり浚われつくした眼下の町から浜にかけては、無慚の一語に尽き。
 しかも、ときを経てもなかなか、はかばかしい復興の進捗は見られず。
 だから、いつのまにか、ぼくらの城山からの眺めは、目の前の荒涼を避けて海へと漂い、視線は「ひょうたん島(蓬莱島)」を探すクセがついてしまった。

   ……………

 それが、ようやく17年くらいから、新しい町の区画割に建物が姿をみせはじめ。
 そこでボクたちは、屋根のありがたさと屋並みの美しさに、あらためて気づくのだった。
 








JR東日本から「さんてつ(三陸鉄道)」へ

 このたびの大槌町訪問は、18年9月初めの土・日(1~2日)。
 JR山田線が、線路の復旧後は、運営を第三セクターの「三陸鉄道」にゆずる(というよりJRが放棄)ことが決まって、折から運行再開に向けたうごきが活発になってきた頃だった。

 大槌駅。
 新しいホームはできていたが、ほかの諸設備はまだこれから。
 それでも駅前通りの周辺には、新築のニオイのする住宅群が誕生していた。

 その後の、大槌駅。
 駅舎は、町民公募でダントツに人気の高かった「ひょうたん島」をモチーフとする丸っこいデザイン。
 駅は、大槌町観光物産協会の簡易受託駅になり、駅舎は大槌駅観光交流施設になる。
 
 JR山田線時代、エスペラント名「ルーモトゥーロ=灯台」だった愛称は、「さんてつ」リアス線になって「鮭とひょうたん島の町」に。
 駅舎内には、この町発祥の「新巻き鮭」の骨から出汁をとったラーメンの店(大槌ラーメン研究会)ができ、ウレシイことには夜は居酒屋にする予定という。
 
   ……………

 「大槌」から北へ、リアス線の駅は「吉里吉里」、「浪越海岸」とつづいて、ここまでが大槌町(上の駅写真、左から右へ)。
 その先は、町境を越え山田町になり。
 大槌町の駅までが、JR山田線時代の釜石管内であった。

 したがって、宮沢賢治世界の駅名エスペラント愛称もまた、<ここまで>。
 そうして、それも、「さんてつ」リアス線への移管による愛称変更で、この3月23日からは下記のようになっている。
  〇「吉里吉里」駅は、「レジョランド=王国」から「鳴き砂の浜」。
  〇「浪板海岸」駅は、「オンドクレストイ=波頭」から「片寄波のサーフサイド」。

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 なお、自然界からのメッセージとしては、こんなこともあった。
 (18年2月16日、東京新聞記事による)
 東日本大震災津波によって、川と海に分かれて棲息してきた別種の小魚「イトヨ」が交流・交配、新たな交雑種が誕生していたことが分かった、という。
 発見したのは岐阜経済大学淡水生態学森誠一教授で、97年から大槌町でつづけてきた調査の結果、遺伝子変化(淡水型と海水型、両方の特徴をもつ)が見られた、そうな。
 いずれ、新種として定着するかも知れない。

 自然は自然に、地球とそこに棲息する生命を生み育み、またあるいは、ときに撤収もくりかえしていく……
  
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 東日本大震災大槌町の被害】

 〇震災前の人口 15,276人(2010年国勢調査
 〇震災後の人口 11,890人(2019年1月末現在)

 〇死者数     803人
 〇行方不明者数  423人
 〇    計 1,223人

 〇家屋倒壊数 4,167棟

 ※震度=5弱~6弱(予測)
 ※津波高=大槌湾で15.1m

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 東日本大震災【山田町の被害】

 〇震災前の人口 18,617人(2010年国勢調査
 〇震災後の人口 15,053人(2018年10月1日現在※推計)

 〇死者数    604人
 〇行方不明者数 148人
 〇    計  752人

 〇家屋倒壊数 3,167棟

 ※震度=5
 ※津波高=船越湾で19.0m

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【後日談】
 ことし春、「さんてつ」リアス線の開通後。
 「木工ワークショップ」のお手伝いにをつづけてきてくださった、釜石のT.佐藤さんから、リアス線開通記念の新聞「岩手日報」と、時刻表、大槌駅の記念乗車券をいただいた。
 こんどの東日本大震災で知り合い、結ばれた佐藤さん夫妻も、この春、釜石から北上市へ居を移した。これも〝再興〟への一里塚……。