どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.49~ 「預かりもの」と「客人」と

-No.2034-
★2018年04月17日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2960日
★ オリンピックTOKYOまで →  464日
★旧暦3月13日、十三夜の月
(月齢12.1、月出15:44、月没03:53)





★「骨髄バンク」普及に尽力した歴史学者・清水透さんの話★

 〝水泳ジャパン〟池江璃花子選手、突然の「白血病」告白で、俄然(ほんとに吃驚……ざわざわ騒ぎ……)「骨髄バンク」に注目があつまり。
 しかし、ボクなんぞはすでに、バンクに協力できる骨髄の持ち主でもありませんでした。

  ……………

 ぼくが定期購読する東京新聞の文化欄に、『インディオの村通い40年 <いのち>みつめて』という連載コラムがあります。
 筆者は、ラテンアメリカ社会学・オーラルヒストリー(口述歴史)の歴史学者。清水透さん(慶応大学名誉教授)。

 その11回目(日付はスイマセン忘れました)に、吾が愛娘・真帆さんを25歳の若さで、白血病の再発でうしなった親の、痛切な心情が綴られていました。
 清水さんが娘の発病をうけ、みずからたちあげた「骨髄バンク」普及活動の途中でした。

 そんな清水さんが、厳粛な至言に出逢う。
「親にとって娘や息子とは 授かりものではなく 預かりものなのだ」
「預かったものはいつか お返しするときがくる」
 (以上は佐藤律子編『種まく子どもたち』所収より)

 これが「娘の旅立ちから六年。ようやくたどり着いた僕の心境だ。」と、つぶやく清水さんに、学生が教えてくれたそうです。
「何事につけても、『自分はそれを失った』といってはならぬ。『自分はそれを返した』というべきである」
 これは奴隷としてローマ帝国に売られた経験をもつ、古代ギリシャの哲人エピクテスの言葉(ヒルティ『幸福論 第一部』岩波文庫)。

 「しかし、まだまだ葛藤は続く。」
 清水さんの告白です。

◆災害に経営するホテルを奪われた主人の話

 これは、いつのことで、それはどこで、どんな宿のだれの話だったか?
 いまは、もう皆目、覚えていません、が。

 その言葉だけが、火山の山麓だったかにあった石組の小さな宿の…小さな窓ガラスに吹く風そのままに、ここちよく、いまも心あたたかくのこっています。

「人は、この星の客人なのですから…災難を嘆くことなどできやしません」 

◆ぼくも、縁あってこの星にやってきました

  …………

 【すきま風のスキャット】です。
 1945(昭和20)年8月16日〝終戦の翌日〟に、この星におじゃましました。

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 このブログの自己紹介の言葉も、同じ気もち。
 ですが、投稿をはじめたときの心もちには、まだ気負いがありました。

 それから8年、2034回をかさねて……
 いまは、もう少しは、上記のコトバに近い境地になれてきたかな、と思っているところ、です。