どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記27>-三郷町-湧水の郷

-No.2021-
★2018年04月04日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2947日
★ オリンピックTOKYOまで →  477日
★旧暦2月29日、新月へ2日
(月齢28.8、月出05:05、月没16:57)














◆小さな水の流れ

 ぼくは、水の流れ清らかなところが好き。
 川といっても、源流あたりの湧き水から生まれたばかりの流れ…とか、大きな川ならその支流のまた支流の枝川…とか、集落を巡って流れる水路…とか。
 流れは小さくても、やはり<せせらぎ>がいい。

 遠い記憶は、子どもの頃に遡る。
 ぼくは町場に育ったけれども、ふだんの遊び場からは少し離れたところへ<遠征>すると、せせらぐ川の流れに出逢えた。
 年上のガキ大将から、笹船流しを教わったときから、小川との付き合いも親密になり。
 工作ができるようになると、簡単な板舟をこさえては流し、流れをどこまでも追っていく。
 
 ……ふと気がつくと……
 風景が、見たこともないものに変わっていて、〝迷子〟の観念に襲われ。
 しかし、川の流れに沿って戻ればいい、ことに気がついて、ホッとしたものだった。

 これまでに旅した各地で、さまざまな小流れ、せせらぎに出逢ったきて。
 ときおり、想い出の流れが夢をみたしてくれることもある。







◆「六郷湧水群」

 秋田県の山間、美郷町というところに湧水の郷〔さと〕があることを知ったのは、しばらく前。
 なにかの映像叙事詩的なものに出逢って、心にとめておいたのが、このたび訪れるチャンスが巡ってきたのだった。

 美郷町は、冬の風物詩「かまくら」で知られる横手市から、羽州街道をしばらく北上したところ。
 「六郷」というのは、町村合併前にあった町名のひとつ(ここにも「六郷のカマクラ」という700年伝統の祭り=国の重要無形文化財がある)で、昔は羽州街道の宿場町。
 ここに古くから「百清水」と呼ばれていたのが、いまの「六郷湧水群」で、水源はいうまでもない奥羽山脈だ。

 1日ではとても巡りきれないので、湧水群マップをたよりに名称のオモシロそうなところを選んで、ひさしぶりに愉しむ郷歩き。
 湧水はいずれも小さいながら、土地人たちによってきれいに保たれており、それぞれの湧水は溜池から集落を流れてめぐる水路をになっているのだった。

 雨模様のウィークデー…にもかかわらず傘をさして歩く人影がほかにもあって、そんな訪れ人たちと挨拶をかわしながら、住民グループが湧水のひとつを清掃している姿が清々しい。

 少し歩けば、すぐに田園地帯で、もうじき秋の稔りを迎える稲の穂波に迎えられる。
 大きな湧水池には、町の魚「ハリザッコ(イバラトミヨ)」でもあろうか、小さな魚影が見られた。

 ぼくは、ふと……
 ふだん暮らしの場が、客人〔まろうど〕には〝癒しの場〟になっている風景に、抒情を想った。
 それは、あの日からこっち、いまだに、東北の沿岸部からはうしなわれているものなのだった。
 











◆「秋田さきがけ」の特報版

 この町では、国道沿いの「旅籠屋」に泊まった。
 <ファミリー・ロッジ>を名のる、一泊朝食付きの簡素な宿。
 その朝食サーブのサイド・テーブルに、地方紙「秋田魁新報」の甲子園特報版が積んであった。

 この日は(18年)9月1日。
 高校野球の「夏の甲子園」、熱気の決勝戦があったのは8月21日。
 全国的には、それからひといき…だが、「金足農」の地元、秋田ではいまだに熱気さめやらず……