どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.43~ 『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』 

-No.2015-
★2018年03月29日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2941日
★ オリンピックTOKYOまで →  483日
★旧暦2月23日、二十三夜の月
(月齢22.8、月出01:24、月没11:28)




ボブ・ディランサム・ペキンパー

 メトロ・ゴールドウィン・メイヤー配給の西部劇映画『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973年)を、ほぼ半世紀ぶりに録画で観た。
 気になっていた作品を想い出して、再確認して観たくなったのだった。

 この映画には、二つの大きな特徴があった。

 ひとつは、アメリカの伝説的ミュージシャンでのちにノーベル文学賞を受賞したボブ・ディランが音楽を担当、おまけに出演までした熱の入れようであったこと。
 もうひとつは、これを撮った監督が「血まみれサム」の異名でも呼ばれ、一部ではバイオレンスの巨匠ともてはやされたサム・ペキンパーだったこと。

 ストーリーは簡潔だ。

 無法者のガンマン、ビリー・ザ・キッドクリス・クリストファーソン)を、保安官のパット・ギャレット(ジェームス・コバーン)が追う。
 ギャレットには、体制派の金持ち実業家たちが正義の衣をまとって付き、キッドの首(命)に多額の懸賞金をかける。
 ギャレットはキッドを追うが、心のどこかにキッドを憎みきれない、できれば彼がメキシコにでも逃げ延びてくれればいいが…と思うところがあった。

 しかし、キッドにはキッドの想いがある。
 無法者仲間を次々と失い、西部を放浪しつづけるうちに、やはり「じぶんの居場所にもどるべきだ」と悟り、フォート・サムナーに舞い戻ってしまう。

 心理的に追い詰められたのは、追う立場のギャレットもまた同じだった。
 深夜、部屋から出てきたキッドと、待ち構えていたギャレット…正面から鉢合わせするカタチになったふたり、キッドの頬には懐かしい顔を見る笑みがあったが、ギャレットの銃に撃ち殺される。

 なお、ちなみに『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』というタイトルは<邦題>で、原題は『Pat Garrett and Billy the Kid』である。

 ギャレットもまた孤独であった…… 

 男には、たしかに、アウト・ロー(無法者)に酔いたい気分がある。
 みずからの腕力を頼み、武器の誘惑に抗しがたいのが、古い狩猟本能の遺伝子に由来するとすれば、アウト・ローはその行きつく先にある。

  ……………

 ディランにしても、ペキンパーにしても。
 それから
 とりわけ開拓魂のアメリカ男ども、そうして広く世に棲む男どもの多くが、無意識に追ってしまう夢のようなものなのだろう、が。

 所詮それは、<見果てぬ夢>でしかない。
 現実味うすい、はかない夢にすぎぬ。

 映画は……
 ぼくが若い日、世に<ノンセクト・ラジカル>と呼ばれた青春の時間をすごし、その後に観て(時代にとりのこされたな…)と、ひたすら、こころ淋しく感じた。
 いま観ても、その頃の印象と、とくに変わりはなく、もっと淋しかった。

 サム・ペキンパーには、ほかに『わらの犬』(1971年、ダスティン・ホフマン主演)や『ゲッタウェイ』(1973年、スティーブ・マックイーン主演)などがあり、おなじバイオレンス(暴力)ものにしても、これらの作品のほうが、70年代の空気のなかにあって冴えてもいた。

 また、ボブ・ディランにしても。
 演技の方は、まぁ、特別出演枠の役どころにすぎない…から、「まぁいいかぁ」として。
 この映画のために手がけた音楽の方でも、アルバム『ビリー・ザ・キッド』を出している。が、曲・詞にこめられた気分は、映画音楽というより彼独自の世界にかぎるもので、少なくともぼくには存在感がうすかったことを、申し添えておきたい。

  ……………
 
 日本の俳優では、高倉健が好きな監督にサム・ペキンパーの名をあげていた。
 (健さんの好きな役者は、いうまでもない、フランスのジャン・ギャバン

 ペキンパーの晩年は、アルコールと麻薬にむしばまれたとのこと…1984年に59歳で他界している。