どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記25>-大船渡-かもめの玉子

-No.2014-
★2018年03月28日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2940日
★ オリンピックTOKYOまで →  484日
★旧暦2月22日、下弦の月
(月齢21.8、月出00:32、月没10:37)










◆「かもめの玉子

 三陸土産の定番、大船渡を代表する郷土菓子「かもめの玉子」。
 大津波に本店ほかを流されながら、立ち直り立ち上がった「さいとう製菓」の菓子は、《11.3.11》後、東北行脚の途次なつかしさで買い求めて以来、ぼくたちの旅の友。
 道すがら、店を見つけると、立ち寄っては休憩がてら、その甘味に旅の疲れを癒してきた。

 ぼくたちの、流離〔さすらい〕に近い被災地巡訪は、ざっとしたスケジュールだけ、こまかな予定などはない。

 〝慰問〟の趣き濃かった頃までは、東京から、ほんの「くちよごし」ほどの菓子類を持参しての訪問だったが、夏は、旅が長くなってくると日保ちの心配がある。
 そこで途中、大船渡で「お茶っこ」の菓子に「かもめの玉子」を選んだら、この<白餡を薄いカステラ生地で包んで焼き上げ、全体をホワイトチョコでコーティングした卵型の菓子>が、(ごく身近な品にもかかわらず)皆さんによろこばれて、評判もよく。

 それ以来、大槌町で定例になった「木工ワークショップ」後の、「お茶っこ」にも「かもめの玉子」が手土産の定番になっていた。

  ……………

 その「さいとう製菓」との、思いがけない出逢いについては
 このブログの過去記事に記載があるので、ここに再掲させていただこう。

 記事は、-No.0240-2014年5月19日『〝BRT〟でようやく繋がった南三陸 《11.3.11》春の巡礼、11日目(補遺)』。

 (前略)
 ところで……
 この三陸一帯でよく知られたお菓子に「かもめの玉子」というのがある。
 以前から知ってはいたが、親しくなったのは《11.3.11》後。
 さいとう製菓は大船渡市に本店(本社)を置く。

 市の有志によって開設された「大船渡津波伝承館」が、同製菓の被災を免れた高台の工場内にできたというので行ってみた。
 2013年春のことだった。

 ところが、運わるく、その日が日曜日にあたってしまい。
 「休館」覚悟で訪ねてみたら、たまたま出社しておられた責任者の方の好意で、入館・拝見することができた。

 『あなたに助かってほしいから』と題した展示は、このたびの東日本大震災、大船渡被災のドキュメント映像を中心に、災害への備えを伝え知らせる内容。
 親切丁寧に案内してくださった、その方がじつは「さいとう製菓」の専務(斎藤賢治)さんであり、展示にはご自身の創意工夫になる災害対策法も見られ、たいへん参考になった。

 「かもめの玉子」も、会社とともに、いちはやく被災から立ち上がっていた。

  ……………

 このたび、市の中心街に再オープン、復活した本店「かもめのテラス」には、菓子の製造工程を見学できるコーナーや飲食スペースも併設。
 その所在、大船渡茶屋前を訪ねて、ぼくには周辺の地理に朧気〔おぼろげ〕ながら見覚えがあるようだった。

 いまはすっかり片づいた被災のあと……
 以前の混乱をきわめた状況、しかも他所者の目には、町名もなにも知れなかったわけだ、けれども、ここには足を踏み入れた記憶がある。

 たしか、大船渡線大船渡駅大船渡線の終着駅はもうひとつ北隣りの盛駅)の〝跡〟、無惨に流失した線路の継ぎ目にカメラの焦点を合わせた記憶があった(写真下)。
 そのあと、BRT(バス高速輸送システム)に切り替わった軌道跡のバス専用道路を、(溜息まじりに)撮ったものだった(レールのない舗装路にはまるで生気が感じられなかった…)。

 いま、同じ付近に佇んで、まるで強力なワイパーのひと拭いがかかったように、一瞬〝時〟の感覚がうしなわれた。
(真っ白…というやつだが、じつは白くもなければ色もない、ただひたすらの空虚…)

 このたびも、このさき大槌町での「木工ワークショップ」と「お茶っこ」の会を控えている。
 買い物をすませ、レジの店員さんに「専務さん、お元気でおられますか」と声を掛けたら。 
 ひょいと指を戸外の方に向けて、「いまは、あちらに居られますけど…」と言う。

 「かもめのテラス」のすぐ隣地に、これも真新しい「大船渡市防災観光交流センター」が建っており。
 かつて、高台の工場にあった「大船渡津波伝承館」もここに移転、斎藤賢治さんは専務を退いて、いまはここの館長さんデス…と。

 意外な展開に、躍り上がる思いで訪ねてみた、けれどもザンネンご本人はお留守。
 午後にはお見えになる、とのことだったが、こちらには先の予定があり、これまでの事情を説明して「お暇なおりにでもご連絡いただければ」とお願いして、その場は辞去してきた。

  ……………

 斎藤さんからは、その日の午後すぐにスマホへお電話をいただいて、旧交をあたためさせていただいたこと、言うまでもない。

 あのとき(2013年春)も、大船渡は雨。
 「大船渡津波伝承館」を見学のあと、斎藤さんに「大船渡の街に近い高台を」と教えていただいたのが、加茂神社。そこからの当時の大船渡市街を撮ったのが、最下段の1枚。
 このたびは、その加茂神社にも寄ることができなかった。

  ……………

 「かもめの玉子」で印象にのこっているのは、『銘菓誕生物語』の小冊子に記された言葉。
 「目指すのは〝お客さまからの金メダル〟」

  ……………

東日本大震災、大船渡市の被害】
   ※震度5弱~6弱
   ※津波痕跡高 最高は綾里湾の23.8m
            大船渡湾で10.4m

  〇震災前の人口 40,645人(2010年国勢調査
  〇震災後の人口 36,537人(2019年1月末現在)

  〇死者   340人
  〇行方不明者 79人

  〇家屋倒壊数 3,938棟