どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記24>-陸前高田②-

-No.2011-
★2018年03月25日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2937日
★ オリンピックTOKYOまで →  487日
★旧暦2月19日、寝待月・臥待月
(月齢18.8、月出22:35、月没08:26)









◆BRT…陸前高田

 東日本大震災に遭遇した被災地東北にとって、もっとも大きな〝喪失感〟の本質は「鉄路」をなくしたことではなかったか…と、ボクは思っている。
 もちろん、なんとか生きのこった「線路」もあるのだけれど……

 JR東日本の、気仙沼線(前谷地-気仙沼72.8km)と大船渡線気仙沼-盛43.7km)は「線路」を失って、BRT(バス高速輸送システム)に置き換えられた。

 なにはともあれ、交通インフラは復活された、ので。
 いまはもう、ふだんは「線路」のことが話題になることもないのだ、けれども……

 「便利」「不便」では測れない地域意識の深層に、濃い影を落としている気がしてならない。

 ぼくは、別に<ないものねだり>をするつもりはないし。
 「鉄道」に替わる、新たな「バス」輸送システムBRTの意義を認めないわけでもない。
 たしかに、現代はすでに<なんでも鉄道>の時代ではない。
 建設とその運営・維持に莫大な資本を要する「鉄路」は、こんどのような大災害に見舞われると、ダメージからの復活も困難をきわめる。

 それでも……
 「線路」は、ただ土地と土地とを結ぶハード面だけではない、「人」と「人」とのこころもちや意識をもつなぐソフト面でも、きわめて重要な「動脈」である。
 そこまでの思いを汲むことがなくては、ただの<つなぎ>にすぎない。
 そのことを、とくに指摘しておきたい。

 気仙沼線にしても、大船渡線にしても、軌道跡をBRT専用道に転用、継承されてはいる。
 そこがBRTの優れた特徴で、一般道を走るバス路線のように道路状況に影響されることが少ないから、鉄道に近い定時運行が可能になる。

 それでも……
 BRTの「駅」は、やっぱり「停留所」である。
 線路のもつ象徴性は、<たしかさ>と<信頼感>。
 BRTの運営会社と沿線自治体には、「うしなわれた鉄路」ではない、まったく新たな価値観づくりへの努力がもとめられているのだ。

  ……………

 大船渡線の「陸前高田」駅を訪ねる。
 沿岸部、高田松原に近く位置していたかつての駅(上掲写真、上段右)は、大津波で跡形もなく流失、勤務中だった委託会社社員の命も奪われている。

 紆余曲折を経て2018年春4月、盛土嵩上げされた現在地(市内高田町字館の沖110)にできた新駅、BRT駅舎の建物は旧駅舎を模して造られ、「みどりの窓口」もある。

 それでも……
 いま現在の大船渡線、利用客は震災前の3分の1。
 人口減にプラス、鉄道離れも進んでいるようだ……

陸前高田市東日本大震災被害】
  〇震災前の人口 23,300人(2010年10月1日現在)
  〇震災後の人口 19,190人(2019年1月31日現在)

  〇死者    1,556人
  〇行方不明者   203人
  〇家屋倒壊数 4,046棟
  ※震度の記録、気象庁データは欠測だったが、隣接する大船渡市では震度5弱~6弱を観測。
  ※津波痕跡高は、広田湾岸で18.3m

  ……………

 陸前高田市では、いま、東京などからUターン・Iターンの若者たちがNPO法人「高田暮舎〔たかたくらししゃ〕」を結成して新たな移住者を呼び込む活動を始めており。市の委託を受けた移住サイト「高田暮らし」を開設して、空き家の紹介事業などを行っている。
 









箱根山テラスの朝

 この日の泊りは、箱根山テラス。
 広田湾の津波被害と、その復興とを<定点ウォッチ>のために、箱根山の展望台に上りはじめたボクたち。
 その後、山の中腹に新しいタイプの宿泊施設「箱根山テラス」ができると、ここが定宿のようになってきた。

 日本列島を北上する台風に刺激された低気圧のせいで、荒れ気味になってきた一夜は、ザワザワと一晩じゅう、森の樹々を揺らして騒ぐ風のなかだった。

 明けて、朝食とティータイムの後、箱根山に上がって。
 いつものように、広田湾と広田半島を観望。
 高田松原の長大防潮堤の威容が、日に日に明らかに白さを増してくる。

 しかし、その後背地、陸前高田の町場の復興は、まだまだこれから。
 もうしばらくは、箱根山から眺めることになりそうだった……