どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

つけ加えておきたい……きのうのつづき/     マラソンにはサプライズもつきもの

-No.1999-
★2018年03月13日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2925日
★ オリンピックTOKYOまで →  499日
★旧暦2月7日、弓張月・上弦へ1日
(月齢6.8、月出09:45、月没23:59)


◆途中トイレに駆け込みながらもダントツ優勝した男

 きのう、秋のMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)レース男子の注目選手として、まず大迫傑くんと服部勇馬くんをあげておいた。

 ……が、待てよ……
 (外国の選手だけれども)
 ひとりヒョイと想い出したサプライズ・ランナーがあった。

 フランク・ショーター。
 1972年ミュンヘンオリンピックのマラソンで、アメリカに64年ぶりの金メダルをもたらした男。
 といっても、もう、よほどのマラソン・ファンでもないと、知る人は少ないかも知れない。

 では…いったい、どんなランナーだったのか。そう、
 彼は(あろうことか)レース途中でコースから抜け出してトイレをすませ、20秒ほどロスの後……
 いや、これじゃまるで実感から遠い。
 このレースをテレビ観戦していたボクの、オドロキをそのままに表現してみよう。
 
 ショーターは1973年の毎日マラソン(現在のびわ湖毎日マラソン)、スタートからしばらく走ったと思ったら、不意にコース外へと抜け出し。
 「どうしたんでしょう」と実況アナも訝〔いぶか〕った。

 このとき、急に便意をもよおした彼は、ナンと沿道の観客数人から応援の小旗(主催の毎日新聞社が配布したもの)をひきちぎって、消防署裏の草むらへ一目散。
 「キジうち(しゃがむ格好から、大便の隠語)」をすませると、なにくわぬ顔でレースに復帰。

 その結果は、圧倒的な独走で。
 大会新記録(しかも、このときの記録はその後12年間も破られなかった)の勝利であった!

 しかも、後で知れたのは、彼は前にも同じ経験(キジうちをして優勝)をしていたこと。
 なんてヤツだ! そのうえ〝涼しい顔〟の似合うイケメンときてる。

  …………

 異色のランナーは、ドイツ・ミュンヘン生まれのニューヨーク育ち。10人兄弟の苦学生で、フロリダ大学では法科大学院の法律専攻。
 5000m、10000mのトラック長距離ランナー(全米チャンピオン)からマラソンに進み、71年の国際マラソン(現在の福岡国際マラソン)を2時間12分50秒4の好記録で優勝、その後は4連覇。
 翌72年のミュンヘン・オリンピックなど、主要なレースで優勝をかさね、「マラソンにトラックのスピードをもちこんだ男」といわれた。

 アベベ・ビキラ(エチオピア)以来のマラソン2連覇が期待された76年モントリオール・オリンピックでは惜しくも銀メダル。また、スピード・ランナーの称号ともされる「サブ・テン(2時間10分以内)」の記録は達成できず(自己記録は10分30秒だった)に、現役を引退。

 その後は、マラソンの指導書を執筆したり、スポーツウエア会社を設立したりと、現在の<自立した>アスリートの歩みを先どりした選手でもあった。

 ……………

 彼を想い出したウラには、日本にも異色といっていいランナーがいたからだ。

設楽悠太くんは暑いなか走るのは好きじゃない…という

 MGCレースに名のりをあげた選手のなかで、(ショーターとはタイプからしてぜんぜん別ながら)〝異色〟で際立っているのは、設楽悠太くん(東洋大からホンダ)。

 大迫傑くんと2人揃って、日本記録報奨金1億円をゲットした一流選手だが、〝求道的〟ともいうべきストイックさを滲ませる大迫くんとは対照的に、「なにを考えているのかワカラナイところがある」と瀬古利彦ラソン強化プロジェクトマネージャーの首をひねらせた男は、彼くらいのものだろう。

 彼自身としては、それが自然体なのだろう、が。
 大会中の〝暑さ〟対策がキーワードになっている2020TOKYOオリンピック、マラソンの代表候補でありながら、「暑いなかで走るのは正直、好きじゃない」と平然と言ってのける度胸はフシギもの。

 サプライズがつきものの、4年に一度の、強いものが勝つとはかぎらないオリンピック、なにごとも独特の祭典のことを想うと、彼のようなランナーにこそ相応しい…と言えなくもない。
 しかも彼は、そのいっぽうで、大迫傑くんをきっちりライバルに位置づけてもいるのダ。 

◆これで男子の注目選手は、大迫・服部・設楽の3人か

 いや…待ってもらいたい。
 ただの<代表予想>ではない、このブログが目指すのは、あくまでも<競技と選手のお噺>。
 せっかくの日本開催、オリンピックを愉しむのに、欠くことのできない選手が、もう一人いた。

 そう、川内優輝くん(学習院大から埼玉県庁)だ。
 これまでにマラソンを92回も走ってきた、それだけでもスゴイうえに、もうひとつ。
 彼の、後半になると苦しさに顔を歪ませ、懸命に首を振ってガンバりもがくスタイルは、伝統的に、日本の「じつは強い」選手の条件みたいなものではなかったか。
 君原健二(1968 メキシコシティー・オリンピック、マラソン銀メダリスト)しかり、谷口浩美(1991東京・世界陸上男子マラソン金メダリスト)しかり……

 あの〝ネバリ〟の走りこそ、大舞台で、まんがいちの荒れた展開になったときには、強味を発揮してくれるはずである。

 しかし、ザンネン。
 この4月からは、これまでの公務員からプロ・ランナーになる決意の彼は、5月に女子長距離の水口侑子さんと結婚。自身が目標とするのは世界選手権(ドーハ)マラソンの代表であることから、東京オリンピックのMGCレースは回避する意向だ、という。

 惜しい…が。
 それも選手それぞれの選択、ガンバってほしい。

 あとは、女子の代表枠3名だけれど。

鈴木亜由子に、福士加代子に…もう1人

 こちらの方は、ボクにはどうにも、〝混戦〟を抜け出してくれる〝目立ちたがり屋〟さんの気配が見えてこないで、コマっている。
 
 なかで、ボクの眼にキラッと映るのは。
 伸び盛りで伸びシロもありそうな鈴木亜由子日本郵政グループ、27歳)さん、と。
 もう1人は…やっぱり。
 福士加代子(ワコール、37歳)さん、か。

 どちらも、もう、若いとは言えない。

 とくに加代ちゃん(福士)の場合は、(ぼくも期待し、彼女自身にも自信があったはずの)前回リオのオリンピックで、夢破れてガックリを経験している。
 こんどの2020TOKYO、1月末の大阪国際女子マラソンで、前のめりにコケて途中棄権したときには正直(これで加代ちゃんもオワッタか…)と思わせたのだ、けれども。

 それが持ち味の「めげない加代ちゃん」、「みちのくの爆走娘」はそれから40日後、名古屋では存在感復活のリベンジ走りをして見せてくれた。

 とくにレース後のインタビューにこたえて、これまで一線を退かなかった理由を「まだマラソンをちゃんとつかめていない。自分で主導権を握ったことがない」から、と言っていたのがヨカッタ。
 まだ「マラソンの奥深さに魅了されている」かぎりはイケルだろう、(やってみようぜ加代ちゃん)である。

 さて、あと、もうひとりが(………むぅ……)。
 名前や顔つきがチラチラするばかりで、焦点が絞れない。
 
 選手たち、みんなこれから、目の色変えて鍛錬に励むことでしょうし。
 この秋9月15日、MGCレースの前には、もういちど、この話しをしたいと思っていますので。
 それまで、もうしばらく、お時間くださいな。