どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

男子・女子それぞれのMGC資格獲得レースをおえて/ アフリカ勢の強さをケニア選手に学んでおきたい

-No.1998-
★2018年03月12日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2924日
★ オリンピックTOKYOまで →  500日
★旧暦2月6日、上弦へ2日
(月齢5.8、月出09:06、月没22:57)


※昨日11日(旧暦二月五日)は、七十二候の「桃始笑(桃はじめて咲く)」。天気はざんねんながら荒れ気味でしたが、「春の予感の嵐」だったのかも。


 


◆2020TOKYOまで500日

 一昨日10日は、ぼくにとって忙〔せわ〕しい日だった。
 あれから8年目の《11.3.11》関連番組の放映がいろいろあった一方で、来夏の東京オリンピック代表選手を決めるMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)レースへの出場権をかけて、国内最後の対象レ-スが男子&女子のダブル開催されたからだ。

 日本で人気の陸上競技ラソン、「ぜひメダルをとって欲しい」願いから生まれたMGC制度、それはそれで素晴らしいこと、なのだけれども。げんじつ、こんどの東京オリンピックでのメダル奪取はアブナイ…そんな気配が濃厚なことは、このブログの2月8日記事『氷雨・低温に泣いた2019東京マラソン/ヤバイぜ……ニッポン・マラソン』でふれたばかり。

 では、その直後の2レースは、どうだったか。

  ……………

 まず、
 女子の名古屋ウィメンズマラソン
 朝9時すぎにスタート。

 天気は曇りで、暑くも寒くもない適当な気温の好条件。
 レースの途中から降り出した雨も、冷たいものではなくてすんで影響は少なく。ついでに、ペースメーカーの〝誘導〟も東京にくらべると安定して、信頼感があった。

 ただレースは、いつものとおり、後半に入ってペースメーカーがはずれた30kmすぎ、スピードアップして抜け出すアフリカ勢に、日本選手はついていけない。

 【結果】
 1位へラリア・ジョハネス(ナミビア)2時間22分25秒。ちなみにこれは、ペースメーカーに設定された目標タイムにピッタリ・フィット。
 以下、2位から4位までケニアエチオピアのアフリカ勢。

 【日本人トップ】
 5位の岩出玲亜アンダーアーマー)で2時間23分52秒(彼女はすでにMGC出場権を獲得している実力者)。
 新たに【MGC出場権を獲得】したのは
  8位福士加代子(ワコール)2時間24分9秒
  9位上原美幸(第一生命)2時間24分19秒
 10位前田彩里ダイハツ)2時間25分25秒
 11位谷本観月(天満屋)2時間25分28秒
 12位池満綾乃(鹿児島銀行)2時間26分7秒
 これで、女子のMGCレース出場資格獲得選手は14人、やっと、なんとかカッコウがついた、感じ。

  ……………

 つぎに
 男子のびわ湖毎日マラソン
 スタ-トは、昼12時すぎ。

 こちらは始めから雨、体感も名古屋の女子のレースより寒かったようだ。
 そのせいか(どうか…一部、後述する選手を除いて)外国勢に挑むほどの選手は現れないままにおわり、成績でも名古屋の女子を下まわる結果にすぎなかった。

 【結果】
 1位サラエディーン・ブナスル(モロッコ)2時間7分52秒
 以下、2位から6位までがアフリカ・西アジア勢。
 【日本人トップ】
 7位山本憲二(マツダ)2時間8分42秒
 つづいて
 8位川内優輝(埼玉県庁)2時間9分21秒
 以上の2人は、すでにMGC出場権を獲得している実力者。
 とくに7位の山本くんは、後半30kmすぎ、一度はトップグループの先頭に立ってリードするなど外国勢に対抗する姿勢を見せたことは高評価に値する。

 新たに【MGC出場権を獲得】したのは
 10位山本浩之コニカミノルタ)2時間10分33秒
 11位河合代二(トーエネック)2時間10分50秒
 の2人だけ…は寂しいかぎり。
 
 ちなみに、男子のMGCレース出場資格獲得選手は30人と、数はなんとか揃ったものの、ワクワク感からはほど遠く。
 チームとして、現時点(まだ外国で開催される対象レースがのこっている)では実業団長距離界の名門、旭化成から一人もMGC出場資格獲得選手が出ていないのも、気がかりなことだ。

 男子のレース後、瀬古利彦ラソン強化戦略プロジェクトリーダーは、
「MGCレースが愉しみ」
 と語気をつよめたけれども、表情は笑っていなかった。

◆なぜ「日本人トップ」ばっかり、なのか…

 成績が「ものたりない」ばかりでなく、ぼくには日本人選手の覇気のなさに不満がある。
 ひとつには、報道のされ方。
 「日本人選手のトップは…」ばかりが強調され、世界レベルでのことが除外されてしまっている。

 まぁ、MGCという制度があり、まずは、その出場権を獲得するための条件として「日本人選手のなかで」と規定されている以上(やむをえない)のかも知れない…けれども、しかし、それにしてもダ。

 それが選手の意識にもすっかり浸透してしまったのか、(主にアフリカの)外国勢にひけをとらない、もっといえば彼らと対等にわたりあっていくだけの、気もちをもてない(のではないかとさえ思える)状況が、真実ヤバイと思う。

 ぼくは、このしばらく前に、NHKの再放送ドキュメンタリー(番組名は忘れた)で観た「ケニア選手のつよさの秘密」を分析する内容が忘れられない。
 以下に、想いだすままに、その概略をお伝えしておきたい。

◆なぜ、いまケニア勢には勢いがあるのか

 番組でレポーターをつてめていたのは、谷口浩美さん(日体大から旭化成、1991年東京開催の世界陸上 男子マラソン金メダリスト)。

 谷口さんが訪れたのはケニア、標高2800mの高地にある「リフトバレー」と呼ばれる長距離・マラソンのトレーニングセンター。
 そこでは、ケニア各地から選ばれた<育成選手>が合宿、鍛錬浸けの日々を送っている。
 
 まず、その<自然条件>。
 〇彼らが走力を鍛錬するのは、標高2,000~3,000mの高地である。が、そこは日本の高地のように寒くはない(寒さは筋肉を硬くするから、この自然条件は恵まれている)。
 〇酸素の少ない高地での運動は、心肺能力を高め強化することが知られている。そこで緩・急を繰り返すサーキット・トレーニングに励むことで、より効果的に心肺と筋肉の能力を高めることができる。

 つぎに<育成選手たちの出処>。
 〇ここで指導を受ける若手選手は、その素質を見出された者だが、ほとんどが生計の楽ではない家の子たち。だから、トレーニングに励む目の色がちがう。
 〇これらの子たちの親は、苦しい生計のなかからトレーニング費用を捻出。したがってその子たちは、一流の選手になって金を稼ぎ、親や兄弟の生計を助けようと必死だ。
 〇ハングリーで、毎日がサバイバル。この条件ばかりは、いまの恵まれたほとんどの日本選手にはマネができない。
 〇加えて、マラソンの賞金レースがあたりまえになったことで、ハングリーなアフリカの中・長距離選手がこぞってマラソンに進出した影響も大きい。
 〇ほかの先進諸国の選手が彼らに対抗するには、別に新たな切り口を見つけて励むことが必須になる。

 その<トレーニング生活>。
 〇訓練走は日常、朝・昼・夕。規律と鍛錬の毎日には、日曜もない。
 〇指導方針は、「休みなしに走る」「つよくなる近道はない」「練習はウソをつかない」。
 〇高地の坂道をものともせずに駆け上がり、駆け下る。走りおえて直後も、軽いジャンプを繰り返すなどアップを怠らない。
 ※箱根の〝山上り〟は過酷にすぎるのではないか…と、ボクが考えていたのはアマかったようだ、むしろ脚力強化には必要不可欠らしい。それもトレーニング次第ということになる。
 〇あとは、よく食べて、よく眠る。食事は練習後に、蛋白質を主に摂る。
 〇水分もたっぷり、栄養たっぷりのスープをカップに何杯も。多い選手は1度に1リットルくらい飲む。かわりに練習や、レースでも30kmくらいまでは、水分補給をしない。
 〇塩分を摂りすぎない。「塩分をとらないカモシカは早く走れるが、塩を舐める牛はのそのそ歩く」じゃないか、とコーチは言う。「走って、汗で顔が白くなるようでは、まだ体ができていないのだ」と。
 〇筋肉マッサージを入念にする。それもトレーナー任せではなく、選手同士でおたがいさまにマッサージしあい、同時に人の体というものを知る手だてにする。彼らの筋肉はやわらかく、しなやかだ。
 〇イメージトレーニングに、練習後、仲間同士で話しあい、学びあう時間を大切にしている。食後のミーティングや選手同士のコミュニケーションは、自分をたしかめ向上させ、同時にライバルの素質や特性、性格などを知るチャンスの場だ。
 ※最近の日本の選手には、コミュニケーションの苦手な人が少なくない
 〇筋肉を弛緩させる酒は厳禁(ボクなんぞは天から失格ダ)。

 <ランニング・フォーム>のこと。
 〇アフリカ勢の強さを示す証拠は、「つま先からの着地」フォーム。
 〇これは短距離走ではあたりまえのことだが、長距離走では逆に、欧米など世界の大勢は「踵から着地」が常識になっていた。…というか、「つま先からの着地」では長距離を走る筋力がもたない。
 〇ところが、アフリカ勢は長らく裸足で歩く生活をしてきたことから、つま先で地面の状況を探りながら歩く訓練ができている、だから足まわりの筋力がつよい。このことは科学的な分析でも実証されている。

 おしまいに<トピック>を2つ。
 ①かつて日本で長距離走を学んだダグラス・ワキウリというケニア出身のマラソン・ランナーがいた。瀬古利彦に憧れて来日、エスビー食品に所属して才能を開花させた彼は、1987年(ローマ)世界陸上ラソンで金メダル、翌88年のソウル・オリンピックでは銀メダリストになっている。彼は言う「こんどは日本の選手がアフリカに来て学べばきっと強くなるよ」と。
 ②リフトバレーのトレーニングセンターに「シャデラック・キプトー」という、ことし18歳の選手がいる。「キャデラック」と覚えると親しみやすい。彼の素質はコーチたちがひとしく認める「期待の星」。マラソン年齢は25歳がピークとして、順調に伸びれば7年後くらいには世界に知られる存在になっているかも知れない。マラソン・ファンは頭の片隅にでも覚えておいたほうがよさそうだ。

  ……………

 どうだろう。なかでも、
 「つま先からの着地」フォームと、「休みなしに走る」こと「つよくなる近道はない」こと「練習はウソをつかない」ことは、キーワードと言えそうだ。
 
 「つま先からの着地」フォームは、大迫傑くん(早稲田からナイキ・オレゴン・プロジェクト)が身につけている、と聞く。
 MGC出場資格取得選手で、みずから仕掛けて主導権を握ったかどうかは別として、結果、MGC対象レースで優勝しているのは、福岡国際の服部勇馬くん(東洋大からトヨタ自動車)だけ。

 まずは、この2人の走りに注目。
 MGCレースは半年後の秋、9月15日スタートである。