どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記22>-気仙沼-漁港と防潮堤

-No.1993-
★2018年03月07日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2919日
★ オリンピックTOKYOまで →  505日
★旧暦2月1日、新月
(月齢0.8、月出06:34、月没18:08)






◆やっぱ! 海の幸じゃ…な

 気仙沼
 一直線に目指した港の「海の市」で、買い物。

 サカナの港、気仙沼、「海の幸」名物のひとつに「ふかひれ」がある。
 知ってるよぉ!
 ぼくたち自身も味わってきたし、あれこれの人たちにお土産にもした。

 「ちがうんだなぁ…」
 知り合いに、ちょっと気障なとこが欠点の、気仙沼出身の男〔やつ〕がいて、そいつが言ったのだ。
 「あんたも料理するヒトなら、知っといてよ、『XO醤〔じゃん〕』でしょ、それとね『オイスターソース』がまたイッピン、ゼッピン、ベッピンさん、こんど行ったら忘れないでね~」…と。

 なんともコシャクなことだった、けれども、こっちも根っからのナマイキ、放っとくことができずに、(イシワタのジャンとソース)しっかり頭に叩きこんでおいて、のりこんだ。
 なに、取り扱いのある店は、あらかじめ電話でたしかめてある。

 気仙沼、地場産原料製、石渡商店の……
 完熟牡蠣のドレッシング『オイスターソース』と
 旨味帆立とコラーゲンの『XO醤』

 こればかりは、旅の空では、その真底味わうわけにもいかない。
 以下は、帰宅して後の話しになるが。

 真っ先に、皆さんきっと気になっているであろう、原料に由来する、 
 「海産系のにおい」いっさいなし。
 コクのある旨味は、和・洋・中の垣根を越え、レシピのひきだし全開…といっていい。

 ちょっと値もいい『XO醤』は、初心の慎重派むきとはいえないかも知れないけれど…ならば『オイスターソース』から入ればよろしかろう。
 それこそドレッシング感覚で、なんにでも振りかけていい。

  ……………
 
 おおいに気分よくなったところで…すぐ近くの魚屋さんの店先を覗いたら。
 (あったぁ! めっけた)おひさしぶりのカジキの刺身用の柵〔さく〕

 カジキというのは、キホン温暖な海の魚なので、ここで逢ったのにはちょっと吃驚でしたが。そうネ、獲れる海と水揚げ港は別ですからね。

 なにしろ、その身色…朱の赤を陽光に透かしたようなオレンジが、ぼくには地中海とか南米大陸の海とかを想わせる。
 その銛のごとく長く突出した吻が、昔の「船の舵木(舵を造った堅い木)をも突き通す」というのが語源とされる魚にしては、意想外なほどの純なところが好ましい。

 「カジキマグロ」と呼ばれて、よく鮪と一緒にされる。
 なるほど、大海原を活発に遊泳するなど生態はマグロに近いものがある、が。まったくの別種(カジキはスズキ科)だし。
 とくに、クロマグロの赤身やトロと食べ比べられると、カジキの刺身の佳さは、儚く霞の彼方…となってイケナイ。

 ほんとなら、塩をパラッとしたのにオリーブオイルでも垂らしていただきたいところだ、けれども…ともあれ、いまは旅の空。
 声をかけたら、店の若女将が「刺身にひきましょうか」と、打てば響く応対ウレシクて。
 ここはひとつ、今晩の宿にもちこみ、山葵醤油でいってみよう…ときめた。

◆買い物ツアーかぃ!?

 ……と、呆れた方もおられよう、けれど。
 ぜんぜん、そんなわけじゃない。

 ただ、このたびの被災地東北巡訪、この日で5日目だったが、晴れたのは初日の1日だけ、あとは「雨」か、「雨ときどき曇り」の連続。
 (いいかげんしてくれ)悲鳴をあげたいくらいの気分になっていた。
 こういうときボクは、「ショッピング命」の女性の気もちがよくワカル。

 そういうわけで。
 このたび、訪れ確かめておきたかった現場に、どうしても足が向かず、ついに諦めた。

 それは、気仙沼市魚町の防潮堤計画。
 これが、例によって「揉めて」いた。
 例によって…というのは、宮城県では《11.3.11》からの復興にかかってからというもの、ホントウに、アキレルくらい、あちこちで防潮堤をめぐる「いざこざ」が多発していたからだ。

 しかもその、ほとんどのケースが、防潮堤を少しでも安心できる高さに設定したい「県」と、「海が見えない方が危険、せめて子どもでも海が見える高さに」と望む「住民」の対立である。

 こう述べると、とにもかくにも安心できる高さをとりたい「県」の姿勢もワカル気がしないでもない。
 ぼくもはじめは、(どっちにも思いこみがつよすぎる)気がしていた。だから、
 いずれ折り合いはつくだろう…と思っていたのだ、けれども。

 どうやら、違っていた。
 「県」の無理やりゴリ押しに、「住民」サイドが懸命に抵抗していた。
 「県」の態度は、「せっかく良かれと考えてやっているのにワカランやつらだ」という上から目線の思い上がりで、住民の思いに寄り添う態度は天からない。

 宮城県村井嘉浩知事という人を、ぼくたちは、その風貌から「あんぱんまん」と呼んでいたのだけれども…ひとりよがりの県政はどうやら「✖(ダメ)」であった。

 気仙沼市魚町の防潮堤について、ここで詳しく語ることは控える、が。
 「対話」が「独断と押しつけ」になり、「約束」を破ったりホゴにしたりでは、どうにもならない。

 しかも、この町の場合の態度は、ただ「海が見えるように」という願いだけではない。
 深い湾入の奥に位置する気仙沼の町は、背後に丘が迫っており。
 「いざ」というときには、「高台への避難」を考えてのことである。
 それをも一顧だにしない、というのは統治者としての資質にかける。

  ……………

 東日本大震災にける気仙沼市の被害】

  〇震災前の人口 73,489人(2010=平成22年10月現在)
  〇震災後の人口 63,867人(2018=平成30年12月末現在)
 
  〇直接死者 1,108名
  〇関連死者   109名
      (計1,132名)
  〇行方不明者  215名

  〇全壊家屋 8,483棟
  〇半壊家屋 2,571棟