どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.37~  ネギトロ

-No.1992-
★2018年03月06日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2918日
★ オリンピックTOKYOまで →  506日
★旧暦1月30日、新月へ1日・晦日
(月齢29.6、月出06:03、月没17:13)


※きょうは、二十四節気の「啓蟄〔けいちつ〕」。七十二候では「蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)」といって、「冬ごもりの虫が出て来る」頃のこと。折もよく明日は<新月>、つまり、旧暦ではこの日で1月もおしまい(晦日)。明日からは2月がはじまる。





★〝トロ〟には〝ネギ〟がよく似あう★

 ぼくの、包丁の師匠ってひとは、ね。
 「三社(浅草の三社祭のこと)」神輿の先棒をとるのがなによりの楽しみッてぇ。
 まだ若い、出は田舎〔ざい〕の方でしたが、気風〔きっぷ〕じゃマケてない江戸っ子肌。

 この人が、ときたま。
 ぼくがまだ若かった頃、ひょんなことから、あずからせてもらっていたお店の板場に、手みやげ持って来てくれたもんでした。
 経木に包んだのを、紙でくるんで、紐かけて。
 「これ、いいとこ、おすそわけ」って。

 それが、いちど、極上の「ねぎとろ」だったことがありましてね。
 濃いめのピンクのたたき身に、緑に分葱〔わけぎ〕がざっと散らしてあった。
 (やっ!)ウマかったのなんのって、(ばかうま!)ってヤツ。

 師匠が、たのみにしている仲卸さんから「わけてもらった」の。
 「ねぎとろ」って、そういうもんでした。
 まえは、店内〔たなうち〕の「まかない」とか、ごく親しい常連さんの口に入るくらいのもん。 

 だってね
 「ねぎとろ」ってのは、マグロをおろしたとき、骨や皮からとれる身(なかおち、そぎ身)をたたいて、ペーストにするもんですから、たくさんはできない。

 それが、「軍艦巻」や「ねぎとろ巻」の寿司ネタに人気がでてから、しょうがない、あれこれ掻き集めたマグロのたたき身に、脂やなんかで味つけしてこさえたのが、いまよくある「ねぎとろ」ってやつ。
 ですから、ほんとの「ねぎとろ」に出逢えることは、まぁ、少ないですよね。

 ぼくなんかも、いまは、ごく偶〔たま〕にしか口にできません。
 だって、ふつうに売ってる「ねぎとろ」、あれは(うまいこと作ってある)けど(旨かぁない)ですもん。
 いぇ、ぼくだって美食家じゃなし、別に「ニセモノなんか喰えるか」ってわけでもない…けど、やっぱ「ちがう」もの。

 そう。
 たとえば「かにあしかまぼこ」って、あるでしょ。
 あれなんかもね、(ホントよくできてる)し、お弁当とか、寄り合いの席なんかで出されれば、いただきますよ。
 でも、じぶん好みで食べるときは、手を出しません、そういうもんでしょ。

 この間、どっかのテレビ局の<うんちく噺>で、「ネギトロはじつ〝トロ〟に〝ネギ〟ってことじゃない」と、おもしろおかしくやってましたっけ。

 ……でもね。
 「ねぎとろ」元祖の寿司屋さんが、じつは「むぎとろ」が好物だった、とか。
 「なかおち」や「そぎ身」を「そぎ(こそげ)とる」ことを、むかしは「ねぎとる」と言った(そんなことダレがいいましたっけネ)からだ、とか。

 ヤメにしましょうや。
 いきさつはどうあれ、じっさい「ねぎとろ」にはネギ(ほんとはワケギ)がよく似あうんですから、それでイイじゃないですか。
 (葱鮪ねぎまって鍋があるくらいですからね…ただ、こっちのときはネギです、ワケギじゃありません)

 べつに、うん…目くじら立てるほどのこっちゃないデスよ。