どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記21>-南三陸町-新庁舎界隈・清水浜

-No.1991-
★2018年03月05日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2917日
★ オリンピックTOKYOまで →  507日
★旧暦1月29日、新月へ2日
(月齢28.6、月出05:30、月没16:17)






◆いまはナニも見えない

 南三陸町は……
 どう言ったらいいものか……

 復興の具体像がようやく見え始めた1~2年前あたりから、ナニかこうコトバにならないモドカシサを感じさせるところ、になってきている。
 優等生の答えに感心しながら、片手を胸に一方の片手で首を傾げるポーズをとりたくなってしまう、のダ。
 
 つまり、まことに不謹慎なモノイイで申し訳ないけれども、余所者にはオモシロ味が感じられない…ということは、地元民にとっては躍動するようなものが感じられない、ことになるのではなかろうか。
 (もう少し様子を見るとするか…)てな気分にさせられる。

 高台に、新築成った町役場を訪ねてみると。
 すぐ隣地に「南三陸病院」、すぐ裏手一帯には復興公営住宅群、と。
 絵に描いたような…というか、お手本どおりに…というか、東日本大震災からの復興過程で、どこにも見られた同じ風景がここにも出現していて。
 (そうですかワカリマシタ)と、ただ頷くしかない。

 もうひとつ。
 国道45号に戻って、浜へと下る途中。
 JR東日本気仙沼線清水浜駅に近づくと、ド~ンと圧倒的なボリュームで迫る、〝白亜〟と見まごうコンクリート群に息を呑む。

 この清水浜のリアスの湾入と、その谷を鉄橋で渡る鉄道の無惨な被害は、もっとも雄弁に大津波の凄まじさを物語るモノのひとつで。
 ぼくたちも、この被災地巡訪では、かならず足(車)をとめ、確認のため付近を歩きまわることがキマリのようになっていたのだ…が。

 こんど、こうして、人工のありったけを集積・造成されたものを眼前にすると。
 正直、声もない……

 小さな川の流れをモノモノしく押し固めるコンクリート堤。
 その上を歩いて往き来してみながら、ぼくは(こうまでして人を住まわせたいものか…)を考えないわけにはいかなかった……

 東日本大震災南三陸町の被害】

  〇震災前の人口 17,666人(2011年2月現在)
  〇震災後の人口 13,207人(2018年2月現在)

  〇直接死者  600名
  〇関連死者   20名
       (計620名)
  〇行方不明者 211名

  〇全壊家屋 3,143棟
  〇半壊家屋   178棟
 

   (右の写真は13年夏、清水浜駅付近)