どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼 / <報告記18>-石巻市④-雄勝

-No.1983-
★2018年02月25日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2909日
★ オリンピックTOKYOまで →  515日
★旧暦1月21日、下弦へ1日
(月齢20.6、月出23:57、月没09:54)

※きのう24日(日)は、七十二候・略本歴(日本)では「霞始靆〔かすみはじめてたなびく〕」、つまり「そろそろ霞がたなびき始める頃ですなぁ」と…なるほどそんな塩梅の今日この頃。ぼくが試しに記録し始めた、2月はじめからの積算最高気温、この日で261度(24日計)、桜が開花する600度までには、まだ間があるようだけれど、長期予報によればこの先は暖気になるとのこと、一気に間合いが縮まっていくのであろう。




◆硯〔すずり〕雄勝〔おがつ〕

 石巻から海沿いの国道398号を行くと、いちど女川町を抜けて、また石巻市に戻るカッコウになる。
 行政区域にはよくあることだが、馴染みにくい。

 ことに石巻市の場合には、女川町を挟んで北側の雄勝町や北上町地域が、どうも〝継子〟〔ままこ〕みたいな存在に、余所者には思われてならないのだった。

  ……………

 女川湾から峠道をひとつ越えて辿ると、雄勝半島に抱かれた雄勝湾の澄んだ水色に出逢う。
 まず「雄勝硯」のことが脳裡に泛ぶ、ぼくは小学高学年のときに、いっとき書道(習字)の塾に通った。

 先生の伸びやかな筆の運びや、硯にすりだされる墨の色や匂いは好きだったが、天性、束縛を好まないボクの性質〔たち〕に、半紙の土俵は狭すぎて、いけない。

 ボクの筆墨は、半端なく、思いきり、半紙をはみ出す。
 「納めるように」指導されても、どうにもならぬ。
 情けなくなるほど、字がイジケてしまうのだった。

 ついに、
 一度だけ市(当時は川崎市に住まいしていた)の書道展で賞状をもらったのをシオにやめてしまった。ちなみに、
 そのとき受賞の講評は「勢いがあってたのもしい」であった(ナンのこっちゃ)。

 それで
 いまも、吾が家には硯が二つもある…が。
 いまは、雄勝硯といわれても、心にソヨとも風そよがぬ。

 雄勝硯の黒色粘板岩は、かつては天然スレート材としてその価値を大いに認められ、東京駅丸の内駅舎の屋根にも使われ。
 現在は、<雄勝石>の新たな魅力をひきだす試みがつづけられている。

 雄勝〔ヨミは違って…おがち〕町は秋田県にもあって、秋ノ宮温泉郷小野小町の古里として知られる、けれど。
 宮城県雄勝町(現在は石巻市)の方は、集落そのものが維持できるかどうか…というヤルセなさに置かれており。

 それでも、浜は高いコンクリート壁に囲われて守られ、家は背後の高台に建ちはじめている……どうにもチグハグな、侘しい風景であった。