どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.32~  春のあしおと-其の弐-庭の点景

-No.1978-
★2018年02月20日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2904日
★ オリンピックTOKYOまで →  520日
★旧暦1月16日 → 満月
(月齢15.6、月出18:11、月没06:48)


※こんどの満月は「スーパームーン」(地球との間が近距離に接近してとても明るく見える)だというので、楽しみだったが、昨夜の町田は生憎の雨のち曇り…雲厚く、それでも夜半には暈のかかった満月がやや遠慮気味に小さめに眺められ…さらに今朝早く、西の窓を開けたときには眩しいほどの月光を浴びることがきた。それこそ手を伸ばせば届きそうな距離…行ってみたくなったり、ほしくなったりするのも無理はない…気もしたことだった。




★淡雪景色★
 
 東京に、この冬、初の積雪か!?
 …と騒がれた1月晦日〔つごもり〕の夜半から、2月1日早暁にかけて舞った雪は、サラサラの粉雪から湿りっけタップリのぼた雪にかわって、期待をもたせた、けれども。
 健闘あえなく…そこまで、昼前にはもう跡形もなく消えていた……

 ぼくは、寒いのは嫌いなくせに雪は好き(雪の匂いに胸ときめく)、という困った性格に生まれついたものだから。
 雪の予感にはスルドイところがあるのだった、けれども、こんどの場合は(こりゃダメだな)ピンとこなかった。

 すると、しかし。
 こんどは、ぼくの脳裡に棲む季節予報官が、黙っちゃいない。
 (そうさな…これで、もいちど寒波がありゃ、あとは一気に春~るよ来い…じゃな)

 というわけで、「芹鍋」で英気をやしなう(18日記事)と。
 さっそく、まだちゃっぷい戸外へ、春の気配を探しに出た。
 といっても、わが家の<猫のひたい>ほどの庭、および、ごく近隣周辺にすぎないのだけれど……


木瓜〔ぼけ〕

 裏庭の一隅に、わが家に春の訪れを告げてくれる、わが家でいちばんの古株がある。
 ぼくが山歩きを始めた中学生の頃、山梨の八ヶ岳山麓の農園から、わけていただいてきた木瓜
 ぼくはこの、わが胸を抱くように小ぶりな花の、でも芯のつよそうな紅色を、なにしろこよなく好いている。

 とくに世話をするわけでもなく、しかし、花後にはかならず鋏を入れてきたせいだろうか。
 もともと丈低い灌木だけれど、半世紀を経てもいっこうに育たない風情も愛おしい。

  ぼけ咲いて
  母さんいくつ
  だったっけ

 生前の母を詠んだ、これがボクいちばんの秀句、と思っている……


ガザニア・ガズー★

 園芸屋さんの花苗売り場で、揺れるようにニコニコしており。
 その、いかにもアフリカ原産らしい呼び名も、蛍光色にちかい原色も気に入って買ってきた。

 またの名を「勲章菊」ともいう、そうな。
 なにしろ、お陽さまだ~い好き。
 ぼくの「元気印」に相性ピッタリ。
 水をよく吸って、ほとんど花をたやすことなく咲きつづける。

 このオレンジと、燃えるような黄色のとを選んで。
 黄色い花の方は、1年生だったのか枯らしてしまったけれど、こっちのオレンジは多年草の勢いそのままに衰えを知らない。
 
 もともとはボクも、花にかぎらず和風好みだったのだけれど。
 いまは、このガザニア・ガズーの〝常春〔とこはる〕〟を愛す。
 だいぶグローバルになってきた……



★ヒヤシンスと柿★

 球根のヒヤシンスも、家の庭にもう長い。

 掘り上げて植え替えたり、いちおう気をつかってはいるものの、栄養が充分ではないと見え、草丈は最初より短くなったまま。
 それでも、まだ春早い時季、花茎に鈴なりの花は〝命の息吹き〟を味あわせてくれる。

 それにしても……
 「勝負」「遊戯」「スポーツ」という花言葉は、マッチしているようで、ミス・マッチでもあるようで、とても微妙に感じる。

  ……………

 柿の木も、芽を吹いた。
 この柿は、昨秋、リンゴの実をつけてボクたちを吃驚させてくれた。

 接ぎ木の失敗か、あるいは、これも先祖帰りの一種か知らない。
 けれど、自然の摂理に従うなら、今年もリンゴの実をつけるはず…ではなかろうか、よくわからない。

 若芽が赤みをおびるのは、「赤ん坊」なんだからアタリマエ…だろう、けれど。
 ジッと見つめていると、遺伝子が「柿」か「林檎」か迷ってるみたいにも見えてくる。

 たのむぜ、ことしもあのドキドキを……
 

庭木:木瓜(舞妓)

庭木:木瓜(舞妓)