どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.30~  『渚にて』…そしてグレゴリー・ペックという男優

-No.1972-
★2018年02月14日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2898日
★ オリンピックTOKYOまで →  526日
★旧暦1月10日 → 満月へ7日
(月齢9.6、月出11:48、月没01:05)
*きょうは七十二候の「魚上氷(うおこおりおいずる)」、「魚が割れた氷の間から飛び出る」というのですが、町田では結氷する湖水もなく、川の氷もごく一部に薄いだけですから…よくわかりませんが、実感ではありませんねぇ。雪国でも、まだ「氷の穴釣り」シーズンかと…。


★映画『渚にて』の〝郷愁〟★

 イギリスの作家ネビル・シュートの小説を原作に、アメリカのスタンリー・クレイマー監督によって映画化されたのが1959年…だから、ぼくは、そう…まだ中学生の頃。
 原作小説の日本語訳タイトルには、「人類最後の日」と付されていた。

 たしか、その頃、改装なった川崎駅に〝駅ビル〟(時代の先端だった)ができて、そこに入った映画館の、洋画の宣伝ポスターがなにしろ眩しかった時代。
 小遣いの懐具合に淋しい思いを抱きながら、ぼくは、新しいカラー映画の波に揺られる手漕ぎボートの少年だった……
 (なお、ちなみに『渚にて』はモノクロ作品。この時代の映画人の、カラーかモノクロか…映像表現上の葛藤は、いまからは想像もできないほど真剣なものがありました)

 ぼくは、映画の<あらすじ>を追う無意味を知る者だが、この作品に関しては別。
 主演はグレゴリー・ペック、助演女優がエヴァ・ガードナー
 共演に、タップで魅せたダンサーのフレッド・アステア、そして60年代を代表する青春スターだったアンソニー・パーキンス

  ……………

 舞台は1964年、第三次世界大戦が勃発。
 コバルト爆弾(核爆弾)による高放射線被爆によって北半球は壊滅。

 深海に潜行中で生きのこったアメリカ海軍の原子力潜水艦(艦長G・ペック)は、汚染がまだ軽微だった南半球のオーストラリア、メルボルンに寄港。
 しかし、汚染の脅威は日に日に迫りくるなか、市民はつかの間の日常生活をおくりながら<最後の日>にそなえていた。

 やがてアメリカ、シアトル付近からの謎めいたモールス信号電波を受信。その真相つきとめ、かつ、壊滅した北半球の真実を知るため、艦長は同じ思いの乗組員たちと共に潜水艦に乗務。<最後の航海>に旅だっていく……

 作中。
 3つのポイントがあった。

 1つめは、不可解なモースル信号電波。
 これが、なんとじつは…海軍通信基地のロールカーテンのいたずら。
 なにかのハズミに開閉の紐に引っ掛かったコーラの瓶が、風に揺られるタイミングで偶然に、自動的に通信キーを叩くことになったものだった。
 この映画の訴えたかったことが…このキーの打音に凝縮されていた。

 2つめは、潜水艦の乗組員の一人が、みな死に絶えて人っ気のない故郷へ、艦長の許可をえて泳ぎ<帰郷>するシーン。人は誰も、どんな場合にも、故地に還りたい心理、こればかりは変わらない事実。

 3つめは、まもなく訪れる死のときを忘れようと、人々が命の休日を川畔のキャンプですごす場面。
 このときに唄われた歌、オーストラリアの国歌クラスに有名な放浪の曲『ワルチング・マチルダ』が、作品のムードにベストマッチして印象的。
 おかげでこの『ワルチング・マチルダ』は、それからしばらく、そのころ流行ったワンダーフォーゲルのキャンピング・シーンでは、かならず唄われる(日本では『山男の唄』…みたいな)ぼくらの愛唱歌にもなり。

  ……………

 なにしろ、『渚にて』。
 不思議な〝郷愁〟感を呼び覚ます映画であった。 

グレゴリー・ペックの笑み★

 この噺。
 ほんとうは、グレゴリー・ペックのことを言いたかった。
 『渚にて』を観て、ぼくが、まっさきに想ったのは(あぁ…この笑み…にまた出逢えた)こと。
 彼の〝笑み〟は、それほどにステキな素質をもっていた。

 およそ俳優(男優でも女優でも)は、<スター>と<個性的な役者>と<愛すべき素材>と、この3つがすべて、といっていい。ほかは<その他大勢>でたりる。

 グレゴリー・ペックは<スター>に加えて<個性>にもチカッと光るモノがある。
 それが彼独特の〝笑み〟。

 じつを言うと。 
 グレゴリー・ペックの〝笑み〟については、いずれオードリー・ヘプバーンと共演の『ローマの休日』(1953年)でお話しようと思っていたのだけれど……

 イングランド系の両親のもとに生まれた彼は、そのままなら、よくある貴公子タイプの美男男優でしかなかったろう。
 彼の〝笑み〟は、言ってしまえば「品が佳い」…のだが、それだけだったら嫌味にもなる。
 
 それが、彼の〝笑み〟には美妙なマがふくまれる。
 1拍遅れたら台無しだけれど、そうではない。
 半拍を措いて<こぼれる>〝笑み〟、そのための絶妙のマだ。
 その半拍のマには、なにしろ、軽い戸惑いと、そこですばやく相手を考察しようとする賢さが、<隠し味>になっている、のだもの。
 しまつにおえなし。
  
 ほとんどの女性がこれにシビレる、らしい。
 男どもは…そのなりゆきに、心中ふかく秘めて唸り、嫉妬する。
 (かくいうボクなんかも、いまだに、たとえばひとりドライブ中などに、G・ペックばりの笑みを稽古しておりマス)

 彼は、ボート選手としてオリンピックを目指したことがあり、また医学を勉強してもいた。
 そんな経験が<隠し味>の下味になっている、のかも知れない。

 また彼は、演劇に興味を抱いてからも、さまざまな機会をとらえては、さまざまな職種のアルバイトを経験してもいる。政治的には、リベラリストであった。
 そんな素養も、ただのイケメン俳優にはおわらせなかった〝笑み〟の、味わいの秘密になっているはず。

 彼の出演作品でボクが好きなのは、上記、オードリー・ヘプバーンの才能を開花させた『ローマの休日』のほかに、次の3作を必見リストアップしておきたい。
 『小鹿物語』(1946年)
 『ナヴァロンの要塞』(1961年)
 『アラバマ物語』(1962年) 
 
 グレゴリー・ペック、2003年、その〝笑み〟に没。

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)

渚にて【新版】 人類最後の日 (創元SF文庫)