どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ボクの陰暦たいけん1ヶ月…… /  そして   「春分」と「立春・旧正月」

-No.1963-
★2018年02月05日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2889日
★ オリンピックTOKYOまで →  535日
★旧暦1月1日 → ☆新月・朔日、旧正月
(月齢0.6、月出06:53、月没17:28)





◆「月」のめぐり

 思いたって…
 新年から、「旧暦(太陰暦)」にフォーカスしている。
 上掲の月は、1月2日早暁に、ぼくが撮影した町田市上空の月。
 月齢は25の、「有明の月」。

 それから30日後、1月31日には、ふたたび月齢25の月を仰いだ。
 29から30日の<月のひとめぐり>を基準に「ひとつき」とする「旧暦(太陰暦)」なら、とうぜんのこと…だが、それがずいぶん新鮮に思えた。

 その間…毎日かかさず、とはいかなかったけれども、ふと(月はいまどんなかな…)と夜空を仰ぐことが多くなり、20日にはスーパームーンかと見まごうほど美ごとな満月(月齢15)に出逢えたりもした。

 いいじゃないか、このメリハリ感!
 …まさに、そのことだった。

◆「春分」と「節分」

 月がかわって。
 2月3日は「春分・節分」。
 「節分」は書いて字のとおり、「季節を分ける日」。各季節の始まる日(立春立夏立秋立冬)の前日だから、いまは「春分」だけに特化しているけれど、かつては各季節に「節分」があったわけだ。

 「節分」といえば「豆まき」。
 わが家(東京および南関東地方の風であったろう)では、子どもの頃。
 家の四周の戸口から、まず外に向かって声高く「鬼は外」と豆を蒔き、次いで身体は外に向けたまま、肩越しに室内に向けて「福は内」と唱えて豆を蒔く。
 これをひととおりすませると、室内に散った豆(大豆の煎り豆)を拾い集めて、家族がそれぞれの歳の数だけ豆を(ときたまは埃をフッと吹き払ったりしながら)食べ、無病息災を願った。

 この、わが家の習慣、いつの間にか立ち消えになったのは、子どもが大きくなるとともに瑣事多忙になってきたから…かと思われる。
 ぼくが、きっと、その筆頭の張本人だったにちがいない…が、いまはもう、はっきりとは覚えていない。

 ぼくが、旅人になると。
 各地の「豆まき」行事にも通じてきて、地域によって「鬼も内」になったり、魔除けの護符に「柊鰯(ひいらぎいわし)」を戸口に立てたり…というようなアレコレが、じつにニッポンらしくておもしろかった。

◆「立春」そして「東風解凍(こちこおりをとく)」

 明くる2月4日は、七十二候の「東風解凍(東風〔こち〕が厚い氷を解かし始める)」。

 でも(まだまだ…)と思っていた、そんなこちらの気もちを見透かしたように、いっきに春めいた陽気になってきたからフシギだ。

 この日はまた、二十四節気の「立春」でもある。
 旧暦12月30日の大晦日で、月齢は29。

◆旧暦の「正月」元旦

 そうして、今日2月5日が、新月(月齢30=0)で旧暦の1月1日(正月元旦)である。
 (正直に言うと、このへん…ぼくはいま、懸命に現行暦=太陽暦と旧暦=太陰暦との調整・修正をはかりながら、混乱しなように努めているところダ)

 旧暦では「立春にもっとも近い新月=朔日が元旦」だから、ことしは絶妙のタイミングといっていいことになる。

 しかし……
 暦の計算によると、毎年2月3日と思っていた「節分」は2020年までのことで、21年からは閏年(こいつがヤッカイなんじゃ!)の翌年は2月2日が「節分」になる、という(う…む~ん)。

◆アポロ11号「月面着陸」から50年

 とまれ、(陽はまた昇る…というけれど)「月」もまた昇る。

 「春節(中国の旧暦元旦)」で、また大勢の旅行客が日本に来る、らしい。
 (向こうでは、どんな層の人たちなのだろう…品位・マナーからすると上層ばかりとも思えないのだ、が)
 観光立国を唱えるニッポン政府は、もっともっと多くの外国人観光客が欲しい、という。
 …が、「ちょぉっと待ったぁ」ではないか。

 〝文化〟の違いならまだガマンもするが、根元的な〝民族性〟の違いになると、コトは「まぁまぁ」ではすまない深刻事態に立ち至る。

 観光施設や商売向きの方々は、「儲け」第一でガマンもできよう、けれど、(別に恥じることはない…地理的な〝島国〟ニッポンの)一般庶民には迷惑千万でしかないことが多すぎる。慣れていかなくてはなるまい、けれど、それにはそれなりの時間が要る。
 客集めに狂奔する前に政府は、「外国人にどう慣れるか対処法の大研究」を国民規模でおこない、ニッポン人の国民性とその意識を十二分に汲みとっておくのが先ではないのか。
 ナニか重大な事態が起こってからでは遅すぎる……
 (このままいけば、遠からず、かならず、ナニゴトかオコル)
 
 もうひとつ。
 「節分」に巨大な「恵方巻」を大口開けて無茶喰いする…こんなバカバカしい悪ふざけの火の手を上げた奴は、いったい何処のどいつだ。
 そりゃ、方角信仰はむかしの暦法とも関わりはある…けれども、ふだんはロクな喰いものもなかった昔じゃあるまいし、毎日がハレの日みたいないまの時代じゃ、ただの悪ノリ習慣にすぎないじゃないか。

 それより
 ことしは、あの伝説の宇宙船、アポロ11号が「月面着陸」してから50年になる。
 想えば遠い……いまでも、じつは〝永遠〟ほどに遠い。

 「ウサギさんがお餅をついている」月を眺めて、あらためて、これからの一年に願いを微笑みかけたい!

 「節分」に豆(豆を蒔くのは〝魔滅〟の語呂あわせデスってね)を蒔かなくなったボクん家では、いま、手づくり「発芽豆」のサラダを食卓で愉しんでマス……