どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼/ <報告記09>-仙台市-蒲生干潟・日和山

-No.1952-
★2019年01月25日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2878日
★ オリンピックTOKYOまで →  546日
★旧暦12月20日、更待月
(月齢19.4、月出21:45、月没09:37)
※きょうは七十二候の「水沢腹堅(沢に氷が厚く張りつめる)」、そんなフンイキ横溢する空模様です。明日あたりから、また、寒波になるらしい。インフルエンザ猛威! 気をつけて生きましょう。


    *震災前の、日本一低い「日和山」→













◆のこった! 日本一〝低い山〟

 仙台市沿岸部の、東日本大震災被害。
 もっとも気になっていたのが、若林区の荒浜地区と、宮城野区の蒲生〔がもう〕干潟だった。

 荒浜の方は、海水浴場の浜と、その背後の住宅地と、であり。
 ともあれ、津波被害の瓦礫を撤去して道路が通じれば、被災後まもなくからすぐ近くまで行き、つぶさにその状況を知ることができた。

 …が、いっぽう。
 仙台塩釜港仙台港区)に近く、工業立地の奥の蒲生干潟の方は。
 震災・津波被害からの復旧に手間どり「通行止」区間が多かったうえに、ふだんから通行車両繁多な道理事情も重なって、なかなか容易には近づき難かった。

 視察のこころみは、昨17年になって、やっと。
 けれども、見知らぬ土地ゆえの不案内は、克服しようもなく。
 結局は、海浜の突端、小さな丘に辿り着くのがやっとで……
 右手に、蒲生干潟と思しき低湿地だけが眺められ。
 左手には、東北電力 新仙台火力発電所の排煙筒、という風景。

 その駐車場にはサーファーたちの車ばかりが並び、入り口付近の交通整理をしていた警備員さんは、「干潟?」の存在することさえ知らなかった。

  ……………

 そうして、だから(今年こそは…)であった。

 あらためて、もう一度、カーナビと吾が勘を頼りにリトライしてみるも、適わず。
 白旗(降参)を確認。
 宮城野区役所に尋ね、紹介された「中野ふるさとYAMA学校」の佐藤正信さんに電話をかけなおす。すると

 「困ったり悩んだりしたときは人に尋ねよ」これが鉄則。
 現在地を確認して、すぐに道順を指示してくださり。その通りに進むと、まもなく道端の「日和山→」案内道標を発見。
 ココロアテにして探さなければ見つからない類いの、ごく小さなものだった。

 ともあれ、これまでの難行苦行がウソのように、間もなく仮設の駐車場に到着。
 湿地帯の脇をめぐるカッコウの道を歩き出すとすぐ、前方にソレらしきモノが望まれた。

 ソレらしきモノ…「日和山」の、まず概要を記しておこう。

 それは、仙台市北東端の太平洋・仙台湾に面し、七北田川河口の北側、蒲生干潟の西に位置する<築山>。
 かつては標高6.05m、南北約40m・東西約20mあった<山塊>で、数株の松が植えられた山上からは海の眺めがよく、初日の出の名所でもあった。
 南西部の<登山道>からは14段の石段が整備され、昭和期には北麓に川口神社が遷宮された。

 詳しい経過は別にして、《11.3.11》の前までは、国土地理院の地形図に載る「日本一低い山」。

 震災・津波による地盤沈下と流失に見舞われ、一時は「蒲生干潟とともに消滅」と報道されたが、2014(平成26)年、国土地理院による調査で<標高3mの山>と認定され、ふたたび「日本一低い山」に返り咲いたものである。

  ……………

 荒らされた蒲生干潟の景を左手にして進む、と。
 其処に、だいだらぼっち(民間伝承の巨人)が石塊〔いしくれ〕を掴んで置いたような<塚>があった。

 それこそ、ショベルカーでひと浚いしたら「ハイそれまでよ」の、これが「日本一低い山」!

 状態としてはかなり苦しい…が、郷土愛の士や好事家たちによるさまざまな標識・看板などが周辺を飾っており。「コレは日和山の〝仮設〟にすぎぬ」と懸命の威を張っているようであった。
 (じっさい、周辺一帯の復旧がなった後には、立派に整備されることになるのであろう) 
 かつて、この日和山が標高6mあった時代には、後背地は養殖池だったという。
 蒲生干潟一帯の震災被害は、地盤沈下に一部は隆起部分も見られるなど、また津波直撃による大量の土砂流失と、海底からの堆積物とが混在するかたちで、おそらく、かつてあった風景は跡形もなし。

 今後も、震災前の景に復することは、ありそうになく。
 これからは、また、大自然が長い年月をかけて、生態系をふくむ環境を創造していくのであろう。
 ぼくらにできるのは、マインドフルネスにそれを見守ること……












仙台市東日本大震災被害

  〇直接死者 658人
  〇間接死者 265人
     (計 923人)
  〇行方不明者 27人

  〇全壊家屋  30,034棟
  〇半壊家屋 109,609棟

  ……………

 この夏8月18日、荒浜(若林区)では震災後はじめて〝夜間〟に灯籠流しが行われた。
 これは昨年まで、集団移転で少なくなった住戸の影響などもあり、安全を考慮して日没前の明るい時間に行われていた行事を、従前どおりに復活させたものだった。

 この夜の荒浜は、200個の灯籠の暖かい灯につつまれたという……合掌。