どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.22~  奥能登の「御陣乗太鼓」

-No.1944-
★2018年01月17日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2870日
★ オリンピックTOKYOまで →  554日
★旧暦12月12日、十三夜へ1日(月齢11.4、月出13:12、月没02:17)








◆皮破れるか、撥が折れるか…

 能登半島
 輪島から外浦(日本海)の海岸を、半島突端の禄剛崎方面へ行くと。
 白米千枚田のすぐ先、曽々木海岸にいたる手前に、名舟〔なふね〕の集落がある。

 浜伝いに漁家が軒を寄せ合う背後の崖、急な石段を上がったところに佇む白山神社
 この神社に伝わる「名舟大祭」は、勇壮〝序・破・急〟の乱れ打ち「御陣乗太鼓」の奉納打ちで名高い。
 大祭は夏、7月31日と8月1日の2日間だが、そのオドロオドロの打音演舞は、真冬の外浦、波高い浜に吹き上げられる「波の花」を想わせる。

 ぼくは、いまから40年も前の1976年、名人といわれた池田昌作さんに「御陣乗」太鼓のお話を伺ったことがある。
 この太鼓は、むかし、上杉謙信能登攻略のとき、尋常な手段ではとても敵わない相手に地元民が、奇妙な面を付け、〝陣太鼓〟を打ち鳴らして奇襲をかけ、敗走させたのがはじまり、といわれる。

 故事にちなんで打ち囃される太鼓の、打ち手が付ける面は夜叉・女幽霊・爺・男幽霊・達磨とあって、主役はないが、リーダーになるのは夜叉面の男。
 代々、名舟の男にしか許されない太鼓の、夜叉面を先輩から受け継いだ池田さんは、言う。
「太鼓に向き合った瞬間から面になりきる」と。

 その夜叉面、怖る怖る両の手にとらせていただくと、かすかに汗と脂の、男くさい匂いが染みていた。
 「御陣所」の太鼓は、撥〔ばち〕が短め。面を付け、舞いつつ太鼓を乱れ打つから、どうしても撥を握った手指が太鼓の縁に打ちあたる。
 太鼓の縁の皮には、点々と打ち手の血が滲み、赤茶け、乾いていた。

 太鼓の打音は、心臓の鼓動音の強調。 
 だから、男の多くが心揺さぶられる。

 いまは、輪島市ほかの各地・各所で演じられることの多い「御陣乗太鼓」だ、けれど。
 やはり、名舟大祭の2日間に奉納打ちされるときの太鼓にまさるものはない。

 できれば前日にでも、急な石段を上がって神社から、眼下の海を遠く眺めておきたい。
 北の沖合に浮かぶ舳倉島が、運が良ければ見えるかも。
 この島の興津姫神の御霊を招いて、白山神社で奉納打ちされるのが「御陣乗太鼓」だからだ。
 (当日、奉納打ちのステージ広場は神社下に特設される)

 真夏に、能登外浦の真冬を偲ぶ太鼓なのである……
 




御陣乗太鼓

御陣乗太鼓