どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼/ <報告記07>-岩沼市-千年希望の丘

-No.1943-
★2018年01月16日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2869日
★ オリンピックTOKYOまで →  555日
★旧暦12月11日、十三夜へ2日(月齢10.4、月出12:33、月没01:14)







◆岩沼の「千年希望の丘」

 そこは、南隣り亘理町との境を流れる阿武隈川の河口から、北隣り名取市にまたがる仙台空港にかけて、10kmにもおよぶ平坦な浜。
 かつては、伊達政宗ゆかりの貞山堀との間に海浜緑地と浄化センターがあったくらいで、潮風のサイクリングロードが浜伝いに延びるところだった。

 この一帯が、東日本大震災津波に浚われ尽して、多くの死者をだした。
 なぜか、なんの根拠があってか、「ここが津波に襲われることはない」と信じきっていた人のあったことが報じられて、災害から身を守る〝減災〟のむずかしさを、あらためて考えさせられたことだった。

  ……………

 《11.3.11》後すぐの夏に、ここを訪れた日。
 道は泥濘、どこに海岸線があるのかの見当もつかない状況に、ただ息を呑む想いだったことがいまも記憶に生々しい。(上掲の写真、最下段)

  ……………

 あれから、ここは人の住めない土地になった。
 (災害に脆弱な土地には住まない…これを国の鉄則にしなければイケナイ)
 その土地に<減災>の設〔しつら〕えをする。

 岩沼市が、この沿岸10kmにわたって6つの公園と園路を整備、津波襲来時には避難場所になる園内の丘(千年希望の丘)の土台には、震災瓦礫と津波堆積物(土砂)を利用。岩沼の震災瓦礫の約90%、57万4000トンがこの事業に役立てられた、という。

 ちなみに、「千年希望の丘」のロゴ下に配された断面図は、その多重防御の模様を表しており(上掲2段目)、震災後に造られた高みは、右から「防波堤」「千年希望の丘」「かさ上げ道路(玉浦希望ライン)」になっている。

 築造される丘は、既存のものも含めて計15基。
 このたび丘の上に立ってみると、昨年までは見られなかった丘がまたひとつ増えており。また、園内の一郭には慰霊碑が建立されてあった。

 この《11.3.11》大津波を教訓に整備されるメモリアルパークの園路には、ボランティアの協力もえて13年から17年までに低木のハマナスなど約30万本が植樹され(現在も継続中)、将来成長した木々が「緑の堤防」になる計画だ。

 ことし6月末にも「育樹祭(除草)」が行われたということだが、なにしろ広大な園地のこと、一度にできる範囲にはかぎりがあるからだろう、雑草の丈高くなっている園路も見られた。
 これから年々歳々、「継続こそ力なり」の運営がもとめられることになる。
 (ボランティア問い合わせなどは、岩沼市千年希望の丘交流センター ☎0223-238-477)
 
 西北の方角を眺めると、折から仙台空港を離陸した飛行機が夏空に上昇して行った。

  ……………

 岩沼市教育委員会を訪れ、「2020東京オリンピックの聖火をバイオメタンで燃やそう!」プロジェクトへの協力をお願いして、この街を後にした。

岩沼市の《11.3.11》被害]
  〇震災前の人口 44,187人 ※10年10月現在
  〇震災後の人口 44,019人 ※18年10月末現在

  〇直接死者 180人
  〇関連死者   6人
     (計 186人)
  〇行方不明者  1人

  〇全壊家屋   736棟
  〇半壊家屋 1,606棟




「千年希望の丘」のものがたり ~「鎮守の森」にかけた東北被災地復興~

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