どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.21~  アウン・サン・スー・チー

-No.1911
★2018年12月15日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2837日
★ オリンピックTOKYOまで →  587日

*ことしは「木枯らし1号」が吹かなかった。気象庁では「10月半ばから11月末までの間に吹く風速8m以上の北寄りの風」に限って認める…という。あとは個人の皮膚感覚だからとくに関知はしない、ということだろう。そこでボクは、きのう吹いた、この冬いちばんの寒風を「ボクの木枯らし1号」にした。なお、ちなみに「木枯らし」というのは「木を吹き枯らすほどの冷たい風」という意味合いだから、実際に木が枯れることはまずありえない。その意味では「凩」と書いた方が実感だと思う*





★もはや希望や勇気の象徴ではない…★

 国際人権団体アムネスティ・インターナショナルが、本部のロンドンで、同団体がアウン・サン・スー・チーさんに09年に授与(手渡されたのは軟禁が解かれた12年)した最高賞「良心の大使賞」を〝剥奪〟すると発表。
 11月12日のことだった。
 「良心の大使賞」の〝剥奪〟という事態に、吃驚だった。

 (大谷翔平くんの、アメリカ大リーグの新人賞受賞と同じ日の夕刊紙面に、同時掲載になったので、より印象につよくのこった)

 アムネスティでは、その前日付けで、このことを書面で通告したという。いわく、
「あなたはもはや希望や勇気、人権擁護の象徴ではなくなり、深く失望している」
 これは、かつての同志に対する強烈な〝絶交宣言〟、といっていいだろう。

 ミャンマービルマ)の非暴力民主化運動で世界に知られた、スー・チーさん。
 その人の、その後の行動。イスラム教徒難民ロヒンギャに対するミャンマー軍の迫害などに対処せず放置したことは、「明らかに目を背けている」と、アムネスティは避難する。

 それはワカル、同感の想いを抱く人がほとんだろう、と思う。
 彼女が事実上の政権トップに就いてからもつづく、ミャンマー政府の迫害容認とも受け取れる対応は、たしかに「政権が人権侵害に積極的に加担している」とされても致し方ない。

 それだけではない。
 先に、イギリスのオックスフォード市議会がスー・チーさんに授与した「フリーダム・オブ・ザ・シティー賞」剥奪を昨秋、全会一致で決定しており。
 さらにヨーロッパ各地で、いま、1991年にスー・チーさんが受賞しているノーベル平和賞の剥奪をもとめる声まであがっている、というのだが……

 ぼくには、強烈な〝違和感〟がある。
 事実は、そのとおりとしても…だ。

 「授与」するのも勝手なら「剥奪」するのも勝手、というのは、それこそが上から目線の〝勝手〟ではないのか。
 アムネスティ・インターナショナルやオックスフォード市議会ほか、人権擁護団体など数ある組織のヒトたちは、賞を授与すればそれでオシマイなのだろうか。
 〝剥奪〟する前に、そこにいたる経緯を見守りつづけ、本人への事情聴取や忠告も含む、なんらかの対処をしつづけたうえでの、このたびの決定だったのだろうか。

 このたびの〝剥奪〟宣告に対して、地元ミャンマー国民(あるいはスー・チーさんの親派だけかもしれないけれど…)からは、彼女の立場を擁護・共感し、アムネスティ・インターナショナルに対する怒りを投げかける人たちもあるのだ。

 ロヒンギャ問題が抱える根の深さに、ぼくなどは、こころふるえてコトバもない。

 そうして、このような<賞の授与と剥奪>という場面にも、やはり。
 西欧先進国社会から見た、アジア・アフリカなど後進新興国に対する、意識・無意識を問わない優位性の発露のあらわれがある、そんな気がしてならない。