どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼/ <報告記06>-亘理町②-鳥の海

-No.1910-
★2018年12月14日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2836日
★ オリンピックTOKYOまで →  588日














◆瓦礫の山にとりついた重機…の想い出

 鳥の海は、太平洋に口を開く汽水湖(潟湖)だ。
 地図を見ると、仙台湾から南へ、相馬市の松川浦との間にかけて、きれいな半月形の弧を描いて広がる浜。
 そのなかほど辺りにあって、その名のとおり、渡り鳥の中継地、海鳥の休息地として知られてきた、という。

 しかし、ぼくたちとの出逢いは、衝撃的に展開する風景からはじまった。
 平坦に広がる田園、山間地から見れば羨ましいような風景のなかに、イチゴ栽培のハウスが無慚に破壊され尽した大津波被害の痕。

 そのありさまを胸にきざんで後、訪れた鳥の海。
 そこで、ひと息つくはずだった思惑は、いとも呆っ気なく霧消した。

 鳥の海の湖水を囲む岸は、ことごとく、うち連なる瓦礫の山になっており。
 そこでは、なんとも頼りなくちっぽけに見える重機が何台もとり付き、瓦礫を敷き均す作業に没頭して、(嗚呼…)見る者の目を嘆かせるばかり、ほとんど取り付く島もなかった。

 そんな困惑な状況のなかにポツねんと、ひとつの四角い、公共の宿らしい建物がのこっていた。

 きっと、こんどの《11.3.11》があるまでは、オーシャンビューを売りに営業していたものであろう。
 周辺に建物らしいものがなにもなくなってしまうと、孤立…だが、浸水はしたであろうが「頑」としてのこった、建築の確かさの証しでもあった。
 (上掲写真、下端、撮影は11年8月)
 
  ……………

 そうして7年目のこの春。
 リニューアルして、グランドオープンを迎えた「わたり温泉 鳥の海」。
 日帰り入浴の客もにぎやかな宿に、太平洋ビューの部屋をとった。

 かつての、見渡すかぎり瓦礫の原は、津波避難の「希望の丘」に姿を変えていた。
 このような〝避難丘〟のある公園風景が、これからの沿岸平坦部に標準的なものになっていくのだろう。

 〝避難丘〟とはいえ、もうすこし、安易な画一に流れない、もうひと工夫ができないものか、気になってきている。
 なぜなら、こういう場所には日頃から慣れ親しでおくことが、なによりたいせつだからだ。
 
 防波堤は高くなり、堤の上を歩く人の髪が、つよい風になぶられている、が。
 ベランダ付きの部屋からは、沖ゆく船まで遮るものなし。

 夜明けに目覚めると、朝焼けになりそうな空模様。
 そのままベッドをはなれてしまったのだったが、赤からオレンジに燃えかかった陽は間もなく雲に隠れ、やがて、夏にしては冷たくけぶる小雨になっていった……

 ここ亘理町の海岸にも、「荒浜」と呼ばれる…海の脅威を無言のうちに教え諭す地域が存在する。
 いまはそこに、真新しい<荒浜小学校>の校舎とグラウンドができていた。

 (ほんとうにココでいいのだろうか……)