どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼/ <報告記04>-山元町②-坂元駅

-No.1903-
★2018年12月07日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2829日
★ オリンピックTOKYOまで →  595日







◆山元町に「坂元」駅と「山下」駅

 相馬駅福島県)を出たJR常磐線の下り(北行)列車。
 線路はここから浜に出て、宮城県へ。
 山元町に入ると、「坂元」「山下」の2駅がある。

 これは合併前の坂元村と山下村に由来、町名はそれぞれの村名から1字づつをとっているからだ…が、「山元」駅というはなくて、他所者にはワカリにくい。

 さて、その山元町。
 沿岸部は、ぺったらこい(平坦な)一面の田園地帯。
 海伝いの県道38号(相馬亘理線)沿いにはイチゴ農家のハウスが多く、「ストロベリーライン」とも呼ばれた。

 あの東日本大震災では、海沿いの集落が壊滅、多くの犠牲者を出し、常磐線のレールも駅舎も津波に破壊され流された。

 線路の復旧にあたっては、大震災の教訓から1kmほど山側(西)へ移転、高架として、「坂元」と「山下」2駅の新駅舎を開設。
 5年後の16年(平成28年)12月に町内区間が運転を再開している。

 訪れたのは、坂元駅。
 きれいになった駅前広場が、周りに住宅が少ないせいだろう、まだ馴染んだふんいきにはなっていなかった。

 高架のホームに立つと、海側は防波堤まで緑の田野。
 左右に延びるレールの行方を目で追うと、相馬方面・仙台方面ともに、高架の橋脚が隣りの駅の方角へ、低い丘までつづいて、山元町域〝低地〟の成り立ちを際立てていた。

 [山元町の《11.3.11》被害]
  ※ちなみに地震の震度は6強だった

  〇震災前の人口 16,704人( 5,560世帯) ※10年10月末現在
   震災後の人口 12,264人(4,720世帯) ※18年11月末現在

  〇直接死 643人
  〇関連死  20人
  〇死亡届  17人
     (計680人)
  〇行方不明 なし

  〇全壊家屋 2,217棟
  〇半壊家屋 1,085棟