どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡礼/ <報告記02>-新地町(福島県)-

-No.1899-
★2018年12月03日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2825日
★ オリンピックTOKYOまで →  599日










◆スタートは、むかしは仙台藩領の南端から

 このたび8月下旬からの旅は「さんりく巡礼」だけれど、7月に訪れられなかった福島県の新地町から始めさせていただく。

 新地町は福島県の北東、〝浜通り〟の北端に位置して、北隣りは宮城県山元町。
 南隣り相馬市とは、重要港湾相馬港を共有するなど、密接な関係にある。
 一方、隣県宮城の亘理郡とも親しく、それは藩政時代、現在の福島県(磐城の国)では唯一の仙台藩領だったことにもよるのだろう。

 方言は仙台弁だし、統計上も仙台大都市圏に含まれる。
 そういう土地柄。
 主要道の国道6号(陸前浜街道)が東側の低平地帯を通り、さらにその海側をJR常磐線が北上している。
 
 その常磐線が、東日本大震災津波に浚われ。
 町役場の最寄り駅、新地駅も流失。

 まず[新地町の被害]を数値で見ておこう。
  〇死者 116人(行方不明者は、なし)
   ※被災前の総人口は8,224人(2010年10月1日現在)
  〇建物被害(全壊・半壊) 577戸

 ……………

 《11.3.11》その日の、常磐線新地駅の模様。
 仙台発-原ノ町行きの上り列車、普通244Mが駅停車中に地震が発生。

 自身の携帯電話や車両設備のラジオなどで津波の襲来を知った車掌は、乗り合わせた警察官に新地町役場までの乗客誘導を依頼。
 いっぽう、のこった乗務員を乗せたまま、列車は津波に流され脱線・流出したが、彼らは危機一髪、跨線橋に避難することができて無事、翌日、救出された。

 ……………

 こんなドラマのあった新地駅が、新しくなったレールや線路施設と共に目の前にあり、駅前広場も<新生>の衣替えをおえて。
 けれども、とうぜんのことながら、その駅周辺はガランとして、その脇で復興工事がつづけられていた。

 この被災を機に、「環境未来都市」および「復興モデル都市」に指定された新地町は、「スマート・ハイブリッドタウン構想」を軸に復興をはかっていく、という。
 
 この構想は、情報通信技術とコミュニティーを支える社会の仕組みとをマッチング、災害による避難や移転などで失われがちな、地域の絆を再生しようというもの。
 要は、住民と自治体や企業、研究機関などをスマホタブレットなどの端末でつなぎ、さまざまな「情報を双方向型に共有」していこう、「復興と環境と経済の調和を」ということだ。

 この構想をもとに18年春には、相馬LNG基地の液化天然ガスを活用し、新地駅周辺の新たな町づくりを進める熱電供給(ガスコージェネレーションシステム)の「新地スマートエネルギー株式会社」が設立された。

 この構想が順調に実現されれば、すばらしい町が誕生するだろう。
 しかし、人口8,000人ばかりの町に、それが可能なのか。
 あるいは、人口8,000人ほどの町だから、それが可能なのか。

 ぼくには まだ この構想のホントウのところが、わからない。
 どうか、掛け声倒れの<竜頭蛇尾>にはおわらないで欲しい、と願うばかりだ。

 新しくできた新地駅の、アノとき列車乗務員の命を救った跨線橋上から眺めると、駅周辺の土地整備がつづく工事現場の向こう、これも新築造防波堤のすぐ先に青い海の波が迫って見えた……





◆指定「避難場所」標高19mの新地小学校

 新地駅(標高約7.9m)前に設置された「津波避難経路」の看板。
 そこから経路にしたがって1.6km強、20分ほど歩くと指定「避難場所」の新地小学校に着く。

 平らな海岸沿いの低地帯。
 津波の規模、到達までの時間によってはきわどい距離にある。

 ちょうど夏休みに入ったばかりの教員室に教頭先生がおられ。
 ぼくは資料をさしあげて、「完全燃焼!2020東京オリンピックの聖火をバイオメタンで燃やそう」プロジェクトへの協力をお願いしてきた。