どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018さんりく巡訪/ <ふっこう報告記01>-旅立ちの記-

-No.1896-
★2018年11月30日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2822日
★ オリンピックTOKYOまで →  602日






◆〝分散型〟になった2018被災地巡訪

 7月後半、ぼくが一人で、2次にわけて取材した福島巡訪の「報告記」を、前回(26回)で終えることができました。

 のこる宮城・岩手路への「さんりく巡訪」取材は、これまでどおり二人で、8月26日から9月8日までの2週間。
 その報告記を、次回からはじめさせていただきます。

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 ことし18年の被災地東北巡訪が、分散型になったのはひさしぶり。
 しかも、これまでの訪問する先々の事情などではなく、まったくこちらの個人的な都合によるのは、はじめてのことでした。

 この冬、ひときわ寒さが身に沁みての春さき。
 ぼくは血液検査の結果、見つかった異常から「気管支炎」の治療を受けることになり。
 もっとたいへんだったのは、かみさんの方で。

 6年前の心臓三尖弁手術のあとに、予想された再発、心房細動があって、もういちど手術(こんどは、カテーテルアブレーション術)を受け、おかげさまで無事すみましたが、予後の経過観察にも時間がかかりました。
 (これには本人の心もちの影響も、たぶんにおおきかったのでした……)

 そんなこんなで、まれにみる〝酷暑〟に見舞われたこの夏、7月後半の福島巡訪はボクのひとり旅。
 それも、わが体力の消耗を思い測って、1次・2次に分けることを決断。

 その間に、かみさんの心身の予後快復を待って、ようやく8月下旬に<後半>の、「さんりく(宮城・岩手)巡訪」には二人揃って旅立てることになったわけでした。
 けれども

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 気分は正直なところ、(おぃおぃ、そろそろ齢だって…かょ)そのことでした。
 しかし、中途半端に<端折る>わけにはいきませから、予定は2週間の行程。
 この夏の台風襲来の多さからして、<また上陸>の怖れもあるなかでしたから、イザとなったら撤退して引き返すことも、覚悟しての出発だったのです。

 そうして実際に、この夏は、とりわけ天候不順につきまとわれつづけ、旅のおしまいには北海道胆振東部地震に遭遇するという……おおきな波瀾もあったのでした。

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 ところで、ことし 
 〝酷暑〟の夏にもかかわらず、北海道では8月17日(金)に、大雪山系の黒岳山頂(1984m)付近で〝初雪〟が確認されています。
 ちなみに、平年は9月18日。
 ことしの初雪は1974年以降、もっとも早かったことになるそうです。
 <南北に長い日本列島>季節差の大きさを、あらてめて思い知らされたものでした。

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 ともあれ「報告記」、始めます。
 2018のテーマは、「復興…どこまで」でした。