どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

古都鎌倉散歩/二階堂「杉本寺」へ

-No.1894-
★2018年11月28日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2820日
★ オリンピックTOKYOまで →  604日









◆鎌倉最古の寺

 秋の、安息の一日。
 ひさしぶりに鎌倉、二階堂を訪ねた。

 二階堂の地は、鎌倉市の東端。
 鎌倉駅から段葛を歩いて鶴岡八幡宮へと向かえば、右手の山側(左手に行くと北鎌倉)にあたる。

 源頼朝が奥州での合戦から凱旋したとき、中尊寺二階堂を模して永福寺(二階堂=現在は廃絶して跡のみ)を建立したことに由来する。
 かつて谷合〔やつあい〕の村だった面影は、いまもそこ ここに色濃い。

 二階堂には、鎌倉宮、荏柄天神社、覚園寺瑞泉寺などの社寺が斜面に点在。
 冬の、閑かに寂びたふんいきが好まれる。
 なぜなら…夏の緑陰にもあじわいがあるのだけれど、そこまでの道中が暑くて、どうもいけない。

 杉本寺は、そんな二階堂の社寺のなかでも、ひときわひっそり、こじんまりとした寺で、そこが愛されてもいた。通人また粋人好みの寺といってもいい。

 鎌倉街道に面した寺の入口は、まるで民家か小祠のそれのようで、うっかりすると見すごすけれど、参道から境内へと誘う「十一面杉本観音」の幟が…きょうは、あるかなきかの風に微かに揺られていた。

 僧、行基天平6年(734)、十一面観音を安置して創建したと伝えられる鎌倉最古の寺。
 三体の十一面観音立像を本尊とする杉本寺は、鎌倉・坂東三十三観音霊場の一番札所でもある。
 
 山門(仁王門)を入ると、本堂へと上る鎌倉石の石段が擦り減って、ここにも歴史の古さが偲ばれるけれど、滑りやすくなって危険なため、いま、参拝者たちは左わきの石段を上がる。
 ぼくは、苔むしたこの石段が一番に好きで、鎧武者たちが倒〔こ〕け転〔まろ〕びつつ駆け上がり、また駆け下った態〔さま〕を想像する。

 本堂の裏山は杉本城跡で、室町時代には足利方の斯波家長が居城、南朝方の北畠顕家に攻め滅ぼされ、家長はこの寺で自害している。

 本堂の茅葺き屋根の佇まいが、ぼくは二番目に好き。
 こんど行って見ると、茅葺きは新しく形も整ったものになっていて、好き勝手を言わせてもらえば、むかし見たときの本堂の方が古都風情だった。
 (上から二番目の写真がそれで、1979年9月撮影ということはボクが34くらいのとき…)

 茅葺き屋根はふつう、20年くらいで葺き替えるというから、いまの屋根はきっと2代あと…か。
 あるいは…いまは温暖化の変わりやすい気候のせいで10年もつかどうか…だそうだから、早や3代あとになるのかも知れない。

 本堂では折から、写経の集まりでもある様子。
 ごく家庭的な運営の寺では、屋根葺き替えの浄財寄進を募っていた。

 山門の、阿形〔あぎょう〕・吽形〔うんぎょう〕の仁王像は、ぼくの三番目のお気に入り。
 18世紀半ば頃の建立とされるが、金網なんぞに囲われず、参拝する者と同じ空気を吸っているのが好ましかった。