どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記21>-飯舘村②-「いいたて電力」のことなど

-No.1880-
★2018年11月14日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2806日
★ オリンピックTOKYOまで →  618日









◆村民らが出資する「飯舘電力」

 ここ飯舘村でも、災禍をもたらした原発から〝再エネ(再生可能エネルギー)〟への転換を、復興の原動力に位置づけている。

 4年前、村内にわずか1ヶ所からスタートした小規模太陽光発電所が、ことしは31ヶ所(さらに年内に50ヶ所を視野)に増え、村外にまで電気を供給できるようになった。

 小規模31ヶ所にはワケがある。設立当初は大規模太陽光(メガソーラー)や大規模風力を目指したが、東北電力の買電拒否や、送電線増強費用拠出要求などがあって頓挫したため。
 (ほんとうに〝ニクイあんちくしょう〟なことをやってくれます)

 そこで、所有者が避難した農地などにパネルを設置、その下では牧草を育てるソーラーシェアリングに転向した。
 
 社長の小林稔(65)さんは和牛育成ひとすじの村民、副社長の佐藤弥右衛門(67)さんは飯舘の酒米で酒づくりをしてきた大和川酒蔵(喜多方市)の社長、《11.3.11》後はご当地エネルギーの仕掛け人でもある。

 飯舘電力が軌道にのったところで、小林社長は和牛の育成も再開。「飯舘牛」のブランド復活で発電との両立をはかり、目指すは「雇用の創出」と意気軒高だ。

 飯舘村の〝再エネ〟話しは、もうひとつある。
 

◆クロス発電

 飯舘村と東京の電気設備会社が出資した「いいたてまでいな風力発電」。

 村が所有する約14ヘクタールの牧草地に既存する、出力10,000kwのメガソーラー(いいたてまでいな太陽光発電所)に、新たにプラス。
 高さ150mの風力発電装置(風車2基)を増設。出力6,400kw、一般家庭約1,600世帯分(年間発電量約1、400万kw/h)をもくろむ。

 村は、東北電力に売電した収益を復興に役立てるつもりだ。
 (東北電力さん、もう〝邪魔〟はなしだぜ!)

 いいね! と思うのは、この施設。
 同じ敷地に併存する太陽光パネルと風車とで、送電線を共有(クロス発電)すること。
 これによって、供給の安定と送電線の有効活用をはかる、ことになる。

 来春(19年)完成、運転開始のときからは「いいたてまでいな再エネクロス発電所」に名称も変更…と、あくまでも「までい」でいく方針だ。

◆「帰還困難区域」長泥地区の〝苦渋の選択〟

 いっぽうに、重い課題ものこる。

 それは村の南部、比曽川沿いに、ほかの地区からもちこまれた除染土(放射能濃度の比較的低いものを選別)を使って農地を造成する計画があることだ。

 除染土を盛った上に覆土を被せ、新たな農地約34ヘクタールを造成する、という。
 <実証実験>と国が言う、その意図は明らかで、<除染土の最終処分量を減らす>こと、そのための<再利用>にほかならない。

 かわりに、<復興拠点>をここにも設ける、と。
 構想によるその範囲は、農地造成分を含む186ヘクタール(帰還困難区域の17%にあたる)。
 これによって長泥地区内70世帯の、大半が除染対象になる、というのだが……

 〝汚染〟も薄めてしまえば〝大過ない〟とでも、いうのだろうか?

 ※なお、ちなみに、この「特定復興再生拠点区域(復興拠点)」の除染工事(5町村目になる)は、その後、9月28日から始まっている。除染後はインフラ整備を進め、2023年春までの「避難指示解除」を目指す、という。

◆8年ぶりの運動会

 飯舘村の、復興拠点のメインは、もちろん役場周辺である。
 ここには町営の、リッパすぎるくらいのグラウンドと体育館ができ。
 医療・福祉・教育関係の諸機関も集まっている。

 学校を見よう。
 この春、再開されたばかりの村立小中学校(4校合併)は、役場のすぐ斜向かい。
 ぼくが訪れた7月下旬も、懸命な環境整備工事がつづいていた。
 認定こども園も、すぐ近くにある。

 これらに通う子どもたち合同の、8年ぶりの運動会が5月にあり。
 運動会の開催前には、子どもたちから帰村した全世帯に、メッセージを添えた招待状が送られた、という。

 ただし
 現状、児童・生徒数は事故前の約14%。
 ほとんどの子が村外の避難先からスクールバスで通っている。

 ここにも、ぼくは資料キットを持参して、「2020東京オリンピックの聖火をバイオメタンで燃やそう!」プロジェクトへの協力を、教頭先生にお願いしてきた。