どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

ちょっとヒトコト…フタコト…ミコト ~No.4~   アカショウビン

-No.1867-
★2018年11月01日(木曜日)
★11.3.11フクシマから → 2793日
★ オリンピックTOKYOまで →  631日






★野鳥アカショウビンは…カワセミの仲間★

 「かわいい」…のだけれども、よ~く観察すると、嘴だけが異常なほどに大きく長く発達していて、バランスを欠いていることに気づく。

 ……が、主に水中の魚を餌に狙う食性からして、それが極く自然でもあるから、カッコよく見えることになっている。

 カワセミは、ご存知のとおりズバリ玉石の名をいただいて、漢字で書けば「翡翠〔ひすい〕」だけれど。
 (ご存知だろうか、「翡」がオスで「翠」がメスである)

 アカショウビンの方は、嘴と脚が目を惹く燃えるような赤、羽もかなり目だつ赤褐色(腹部は橙色ぎみ)。
 だから「火の鳥」と呼ばれることもあるらしい…が、べつに炎のようではない。
 腰部だけが水色で、飛ぶときにはこれが目につく。

 どんな鳥か…もう少しくわしく。
 大きさは、ヒヨドリと同じくらいというから、だいたい30cm前後か。
 赤い嘴は柔かいそうな……

 ここまで、ぼくの書きっぷりから、察しがつくと思うが。
 ぼくは、この鳥、映像・図鑑以外には、見たことがない。

 ぼくは、お魚だいすき人間で、鳥で親しみがあるのは「焼き鳥」くらい、バード・ウォッチングの趣味もない。
 中度の<難聴>で高音に弱く、鳥の囀りにも縁がうすくなりつつある。
 ただ、自然派・野外派ゆえの興趣はつきない…これだけが頼りだ。  
 
 アカショウビンは、東アジアおよび東南アジアに広く分布する野鳥だそうで、ニッポンには<夏鳥>としてやってくる「渡り鳥」という。
 (ちなみに、ニッポンで見られるカワセミ類はカワセミ・ヤマセミアカショウビンの3種だけれど、アカショウビンだけが渡り鳥)

 北海道から沖縄まで広い範囲で繁殖する…という、けれども渡来数は少ないらしい。
 いちど、この目で、じつぶつを見たい…見れば、もう忘れることはないだろう。

 さっき、ニッポンにいるカワセミ類はカワセミ、ヤマセミアカショウビン、と言ったけれど。
 アカショウビンの特徴は、カワセミよりヤマセミに近いらしい。

 好む食餌は、小魚や水棲昆虫やカエルなどだけれども、ほか、陸棲の昆虫やカタツムリやトカゲなんかも食べるという。
 つまり、カワセミに似て、ヤマセミにも似る。
 ホバリングの芸当はできない。

 水辺に暮らすカワセミとは違って、森林に生息。
 その生態が、ぼくには興味深かった。

 繁殖期(6~7月)のアカショウビンは、子育てのため、親鳥は餌をもとめやすい森の外れに近く、開けた場所に巣をつくる。

 ちなみに雛鳥は、くすんだ褐色の羽で、嘴は黄色い。
 (なぜかヒナはみんな嘴が黄色い…そこで<嘴の黄色い小僧っ子めが>というように、未熟な若者をからかう風がある)

  さて…仔育てが一段落して、ヒナが自力でなんとか飛べるようになると、親鳥は森の奥に隠れた場所に巣を移さなければならない。
 それは、ヒナの(おそらくは甘酸っぱいような)臭いのこもる巣は、外敵に狙われやすいためだろう、というのだ。

 巣立ちの頃の雛鳥は、個体差が大きくて。
 元気なヒナはいいが、ひ弱なヒナは、なかなかついていけない、そんなとき。
 新しい巣への移動にしたがえないヒナに親鳥は、ひたすら食欲で誘致、餌で釣る作戦をとる。

 餌の昆虫かなにかを咥えて、枝から動かないヒナに近づき、口もとに臭いをばら撒いて、しかし、これまでのように食べさせてはやらずに先へと飛んで、ついてくるように仕向けるのだ。
 猫の仔のように、親が咥えて運んで行けるわけではないから、ひたすら辛抱の一手。

 やがて根負けしたヒナは、しぶしぶ新居への空に舞う……
 黒い、つぶらな瞳(…でいいかと思う)が、なんともカワユイ。 

 アカショウビンの、オスの囀りは「キョロロロロー」。
 朝夕や曇りの日によく鳴くのだ、という。
 それで、俗に「ミズヒョロ」と呼ぶ地方あるらしい。

 伝承に、こんな話ものこる。
「病気の母親から、水を汲んできてほしい、と頼まれた娘。小桶を手に谷川に向かうが、綺麗な赤い服を着た自分の姿に見惚れて時を忘れ。気がついて家に戻ったときには、母親はすでに亡くなっていた。嘆き悲しんだ娘は、いつか、赤い鳥に生まれかわったそうな。だからな、アカショウビンは、ふだんは山の中に隠れていて、雨模様になるとヒョロヒョロ鳴いて来る、山から下りて来るのサ…」と。

 むかし。
 娘の晴れ着といえば赤い「おべべ(着物)」だった。
 ちょっと哀しい、いい話し。
 アカショウビンのイメージの光彩がかわった。