どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記09>-大熊町・双葉町②-失われすぎた損失

-No.1835-
★2018年09月30日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2761日
★ オリンピックTOKYOまで →  663日


*魚類学者、鈴木克美さんが書いた『魚は夢を見ているか』(丸善ライブラリー、1991年)という本。これは、<魚を食する国>日本にいながら、魚のことをあまり知らない私たち…に向けた、フシギな魚のお話し集。そのなかに、「ブダイは、身体のまわりに粘液の袋のようなものを張りまわして、そのなかで寝ている」というのがありました。とても、とっても寝ごごちよさそうなドリーミング・カプセルに想えて…すこしも可愛らしさの感じられないコワモテ大型魚ブダイが、これで、いっぺんに親しみやすく、「いいこだねぇ」って気分になりました*






◆暗転した「明るい未来」

 福島第一原発の立地する、大熊町双葉町には、はじめっから縁が薄い。
 どちらも、町の全域が「帰還困難」の立入禁止区域だからで、他所者は申請して「通行許可証」を得てでなければ入れない。

 <被災地巡礼>とはいえ、こころ身構えたくはないボクたちの旅に「通行許可証」というのは、あまりにも似合わない……

 それでも大熊町の方には、此度〔こたび〕もふくめて少しは、なんとか縁の端切れくらいは掴めるチャンスがあったのだ、けれども……

 ぼくにのこる記憶は、ただひとつ、「ジュラルミンの竹矢来バリケードの向こうにジッと息をひそめて逼塞する町」でしかない、それが双葉町だった。

原子力 明るい未来のエネルギー」
 こんな標語を掲げるアーチの看板が、国道6号から役場に通じる交差点にあって(いまはもう撤去されてない…)、ぼくも目撃はしているが、警備員に停車を阻止され写真に撮るチャンスはなくてすぎた。

◆再整備されることになったJR常磐線「双葉駅」の…

 イメージ図が、「帰還あとおし」の見出しとともに新聞に掲載されたのは、今年8月6日。
 オリンピック開催の20年3月末、列車の運行再開(全線開通=現在はのこされた福島県内の富岡-浪江間だけが不通)にあわせての完成を目指して、起工式が行われたという。

 新聞の記事は、常磐線全線開通にあわせて双葉駅周辺などの避難指示を先行解除、22年春頃までに住民の居住再開を目指す…と結ばれていた。
 (上掲の図版、下左が再整備される駅舎のイメージ図、右が旧駅舎)

 これで、ようやく双葉町とも親しくなれそう…な気がした。

 さかのぼって昨17年の12月には、「帰還困難区域の除染開始」の記事が新聞に載っていた。
 目的はいうまでもない、「特定復興再生拠点区域(復興拠点=町面積の約11%にあたる555ヘクタール)」の整備に向けて、だ。

 しかも、これまでの東電の除染とはわけがチガウ、国費(国威)をかけた除染である。
 記事にはついでに、「双葉駅周辺の除染を優先させる」とも記されてあったのダ……が。

 やはりそこ(駅周辺)は…まだ いまも 立入禁止のまま。
「こんなに時がたってしまって、家も荒れ果てて、帰ったって生活できるとは、とても思えない」
 新聞紙上に載った住民(避難者)の声が蘇るばかりだった。

◆「お詫びのしるし」の高速道路改修

 ともあれ、失われすぎた福島県浜通り〟のインフラ。
 交通については、常磐道でもいま、着々と改良工事が進められている。

 それは、まず<片側追い越し車線付き2車線>の「4車線化」(現在は片側1車線づつ)であり。
 さらに、双葉町には新インターが誕生することになる…ようだ。

 しかし
 道路上、大熊町に設置されている線量計、電光掲示の数値はあいかわらず「3.0マイクロシーベルト」で、他の地点が「0.1~0.3」に下がって安定してきているのに対して、明らかな「高どまり」。
 
 この現状を想うと…高速道路の改良も、ただひたすら、〝国策〟原発爆発事故「お詫びのしるし」に見えてならない。
 そこで、まとめて見る

大熊町双葉町の《11.3.11》被害状況

  〇大熊町 直接死  12人
       関連死 123人(計135人)

  〇双葉町 直接死  17人
       関連死 150人
       死亡届   3人(計170人)
       行方不明  1人

 原発爆発事故さえなければ…

◆後日談2つ

①「もっと生きられたのに」福島事故後44人死亡 双葉病院(東京新聞18年9月19日)
 津波対策を怠ったとして業務上過失致死傷罪で<強制起訴>された東電旧経営陣3被告に対する裁判の公判で、双葉病院(大熊町)元看護師の女性が証言。
(概説)「原発事故で、やむをえず無理な避難を強いられた患者338人のうち、亡くなった44人の方はいずれも治療ができなかったから。バスが避難先に着いた時点で、途中排尿の処理も受けられずに来た車内は強烈な汚物の臭い。ひと目でもう亡くなっているとわかる患者さんもあった。病院に戻ることができれば、医療品や薬品を使えた。原発が事故を起こさなければ、もっと治療はできたと思う」


②「80キロ圏 線量10分の1に」福島第一原発(爆発事故後=筆者註記、18年9月11日)
 (概説)日本原子力研究開発機構が、原発の半径80キロ圏内の主要な道路を、放射線測定器を載せた車両で(11年6月以降)年間2万キロ以上の走行を積み重ねた結果の、空間線量測定比較を学会で発表。
 それによると、11年当時は全体に毎時3.8~9.5マイクロシーベルトの地域が広がり、帰還困難区域のなかには19マイクロシーベルトを超える高線量のところもあった、が。
 17年の調査では、避難指示区域外の線量がおおむね10分の1程度まで低下。帰還困難区域でも19マイクロシーベルトを超える道路は確認されなかった。
 これは、放射性物質の自然減衰に加え、除染効果があったものと見られる、という。

 しかし。
 これは、あくまでも条件のいい方の<道路>での数値であって。
 それより総じて高い線量が報告されてきている森林地域(除染されていないし除染そのものが困難)は含まれていない。そんな状況で
 「道路周辺の線量変化を予測し、将来の住民帰還につなげていきたい」というのは、およそ<よそごと>目線の、アマすぎる悪戯な感想にすぎないことは、明白だった……