どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記09>-大熊町・双葉町①-巨きすぎたリスク

-No.1831-
★2018年09月26日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2757日
★ オリンピックTOKYOまで →  667日


*来年09のラグビーワールドカップ。一般抽選販売チケットの手続きがはじまって、はやくも過熱気味。そんななか、海外では広く大衆文化として認められているタトゥー(刺青)が、ニッポンでは逆に反社会的シンボルと見られている。そのことから、世界組織のワールドラグビー(WB)が、19年ニッポン大会では、出場する選手やサポーターに、公共のジムやプールでは<上着>を着用してタトゥー(刺青)を隠すように要請したという。そのことに、ぼくは正直ひたすら<板挟み>状態デス。なぜならボク自身、タトゥー(刺青)の凄艶な美と技巧を認めながら、されど、どうしても「好きにはなれないものがある」。いっぽうで、だからといって他の異文化を「チガウ!」と<差別視>するのもドウか? と思うからなのデス。これには、とうぜん反発があるだろう…と思っていたら、W杯統括責任者によると「いまのところ不満の声はまったくない」という。さらに、強豪「オールブラックス」のニュージーランド協会幹部も、「私たちは地元文化を尊重する」と賛成の意向を示した…と。ぼく、一言もない。ただ黙して頭を垂れるのみ。大阪なおみ選手を「日本人じゃない」とする発言と根は同じ、ぼくたち日本人は〝偏狭・狭量〟の癖を考えなおす必要がある。それにしても……「上着で隠す」って実際どうするんだろう!? 結果サテどんな日本人一般の反応になるんだろう!?*






◆〝食料〟と〝エネルギー〟の交換

「米つくれねぇんなら…電気つくっぺ」
 東京方面から常磐自動車道のトンネルを潜って大熊町に入ると、左右に、太陽光発電のパネル群落が広がる。
 水田農家が田地を提供し、町が誘致、出資もしているメガソーラー。その総発電量は、原発爆発事故前の大熊町、ほぼ全世帯に相当する4100世帯分の電力という。

 太平洋岸から内陸の奥深くまで、〝浜通り〟〝中通り〟〝会津〟と横に幅広い福島県
 《11.3.11》後に掲げた計画では、2040年には太陽光など再生可能エネルギーによる電力だけで県内の総需要をまかなうことになっているのだ、が。

 そのじつは、東日本大震災津波被害に見舞われ、おまけに原発爆発事故にも被災した〝浜通り〟12市町村の、農業経営の成り立たなくなった、放射能汚染農地にその枢要を頼る構図になっている。
 〝浜通り〟に集中するメガソーラーは、さきにとりあげた富岡町のケース(22日記事)も含めて現在すでに23ヶ所を数え、今後もさらに増える見込み(30ヶ所に迫る)と聞く。

◆被災から8年目の「準備宿泊」開始も、住民〝帰還〟の動きは鈍く…

 常磐道の富岡ICから、併行して山側に延びる県道を行くと、ほどなく「復興拠点」の大熊町大河原地区。
 土を入れて、均して…懸命に働くブルドーザーが小さく見えるほどの造成が、営々とつづけられていた。
 
 沿岸部に東京電力福島第一原発が立地する大熊町は、主要道の国道6号から東側が「中間貯蔵施設予定地」。 いうまでもなく「帰還困難地域」で、この〝非常に困難〟な区域は山側の西へ、常磐線を越え、さらに常磐道を越えて広がり、その一部、南側の区域が「居住制限地区」の「復興拠点」、大河原地区。
 そうして、すぐ西に隣接して「避難指示準備区域」……となっている。

 ここには大熊町役場の新庁舎ができることになっていて、整備費用はざっと67億円とか。
 いまは放射線量が高くて立ち入れない大野駅の周辺も、将来的には住民が戻ってこられるように国費をかけて除染をすすめることになっているのだ、けれども。
 ハッキリいえば、かつては国道6号沿いの町中にあった役場の、山側移転は<避難・撤退>にチガイない。

 広大な「復興拠点」の整備工事現場に近い、借用民家の大熊町役場「大河原連絡事務所」を訪ねると、玄関奥の板の間事務所から、スリッパの職員さんが応対に出てくれる。
 ひと昔も、ふた昔も前の、懐かしい「村役場」風景に、ふと、溜息だった。

 この連絡事務所脇に、「大熊町安心安全ステーション」ができた…と、新聞報道があったのは、この春4月。
 目的は「住民の帰還むけ」に、自宅滞在(夜間も含む)が可能な「準備宿泊」のためで、町が目指す来春の「避難指示解除」までつづけられる。

 対象になるのは、居住制限区域と避難指示解除準備区域の、(帰還困難区域を除く)139世帯379人(4月1日現在)、町の人口の約3.5%にあたる。

 ー実施にあたっては、防犯・治安対策に警察官がステーションに立ち寄る、ことになるー
 この話しを聞いたとき、ぼくは正直、危惧を抱いた。それは安心・安全より、むしろ不安・警戒感を増すことになりはしないか、と。

 訊ねてみると、やはり…最初こそ希望者の申し込みがつづいたものの、その後は伸び悩み。なぜか

 ひとつには、放射能の不安。とうぜんだろう、ホットスポットほどではないにしても、「0.5」マイクロシーベルトという数値は、国の長期的除染目標の「0.23」を大きく上まわる。

 ふたつめは、生活の不便。付近には、店も医院もない。食料などの買い物には、隣り町富岡のシッピングモールまで、15分ほど車を走らせなけらばならない。

 被災沿岸地域、共通の深刻な悩みは「人が先か店が先か」、なにしろ人が少なければ店も成り立たない。

 そんな大熊町民の現状を端的に示す、2018年4月1日現在の数字。
  〇住民登録者数=1万471人
  〇県内避難者数=7931人
  〇県外避難者数=2540人(首都圏が多い)
 以下は今年1月、復興庁「住民意向調査」(全5218世帯対象、回答率50.3%)の結果。
  〇町に戻らない =59.3%
  〇町に戻りたい =12.5%
  〇判断がつかない=26.9%
 とてもショージキな感想だし、現実はひじょうにキビシイ。
 

◆いまも〝パトロール〟頼み

 準備宿泊のための「ステーション」に、地元有志のパトロール隊が休憩に戻り、追っかけ警察のパトロールカーも立ち寄った。
 「全町避難」の留守を守る自主パトロールも8年目…小学校1年生だった子が中学2年生…腕組みして唸りたくなるほどに長い。

 大熊町のパトロール隊では、町職員のOBらでつくる自称「じじい部隊」が、新聞報道などで知られている。
 「次の世代に町をのこしたい」気もちから「じじい」なりに無理せずじっくり…と肩に入りがちな力を抜きつつ、役場の新庁舎が完成する来春(あとは若い人に引き継ぐ)までの予定だという。

 出逢ったのは、これとは別のグループの人たちだったけれど、「オレたちもジジイだけどな」と笑いとばす。
 警察官もふくめて、現状を認めてデキることをヤルだけ…と、顔に書いてあった。
 
 大熊町の今後は、2022年春までに住民が戻れるように、帰還困難区域に「特定復興再生拠点区域」の整備を目指す、という。

 町役場の「大河原連絡事務所」、玄関先の軒下にはツバメが巣をかけ、ヒナたちが元気な大口を開けて親鳥の持ち帰るエサを待っていた。

 ……………
 
 (それが、訪れたのは7月下旬のことだったから、いまになってみれば早や2ヶ月、立派に育った仔ツバメたちもすでに、南へと旅立ったあとにちがいない)