どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記09>-富岡町③-富岡駅と富岡小・中学校のこと

-No.1829-
★2018年09月24日(月曜日、振替休日
★11.3.11フクシマから → 2755日
★ オリンピックTOKYOまで →  669日


*テニスの<大阪なおみ>が全米オープンでみごと優勝、日本選手初のグランドスラム制覇をはたしたとき。ぼくは、「これでニッポン人の血にもこれまでにないパワフルなものが加味されたな」と、ウレシイような、それでいて少しばかり面映ゆいような気分をあじわった。ところが世のなか、人々の反応は違って、「彼女は日本人か?」「日本人じゃない!」という、露骨に<違和感>を訴える<非難>めいて<差別的>な、なんの思慮分別もない不満の吐露にすぎないもので、ただひたすらに情けなかった。ぼくは、日本の風土・文化を愛する日本人だが、この国の人と民俗のあまりに<狭くるしい独りよがりな了見>〝狭量〟というやつに、極く親しい身内の致命的な欠点をズバリ指摘されたような恥ずかしさを覚える。そうして、ぼく自身もまたじつは、そうした心情の根っこをひきずる者であることが層倍して恥ずかしかった。なじょかせにゃいかん*









◆「とみおか」は哀しからずや…

 この町を通ると、なぜか、ボクは呟く。
 じっさいに、哀しい。それは、
 この町の北につづく、大熊町双葉町浪江町には立ち入れなかったから…だが。

 なにしろ
 住宅の数も多い、りっぱな<町>でありながら、人影がない。
 初めて国道6号から逸れ、富岡駅前に入ることができたとき、唖然とした。

 それは、2年ほど前に宮城県名取市閖上地区に入ったときと同じ感覚だった。
 まだ…こんな状態でのこされていた…ことが衝撃だった。

 駅前旅館は、津波に洗い浚われた、そのままに放置されており。
 駅と、駅から向こうは荒れ果てた瓦礫の原が…立ち入れない柵囲いの先に広がり、海は見えなかった。

 それから幾年、新しい駅ができ、レールが復旧し。
 いわき市方面からの列車が着くようになっても……
 駅から海側は、いまだに「工事関係者以外立ち入り禁止」がつづき、海も見えない。

 富岡駅から先、北を目指すレールは…新しく敷設された状態で…錆びていた。
 常磐線でのこる未復旧区間は、富岡-浪江間。
 距離はわずかだが、原発事故現場付近を通過し、沿線にはホットスポットもあることから、通常のレール敷設のほかに、シェルター状のトンネルなど、放射能対策も求められているから、たやすい工事ではない。
 (ぼくも、まだ、その現場を見てはいない…)

 計画ではオリンピックのある2020年3月までの復旧を目指している、が。
 うち、もっともシビアな大野 駅- 双葉駅間だけは、〝単線化〟の予定だ……

 そんな現状の富岡駅前、ほかにはナニもないなかに、ホテルが1軒、ぽつんとできていた。
 建物からすると、工事現場関係者の宿とも見えないが しかし ビジネスの客があるのだろうか?


◆「さくらモールとみおか」

 町の中心、富岡駅から国道6号に出る「月の下」交差点からもほど近いところに。
 昨17年春にオープンしたばかりの「さくらモールとみおか」があった。

 「復興商店街」ではない、スーパーを中心に多店舗集合の「モール」という在り方が、都会的。
 ……だが、駐車場に入って見ると、ひたすら寂しい車の数、人の数……

 ざんねんながら
 閑かすぎて、店内を覗いて見る気にもなれなかった。




◆帰ってきた富岡第一中学校・小学校

 「さくらモールとみおか」のすぐ海側に。
 17年春から「富岡第一中学校」が新装なった校舎で再開校、近くにあった第一小学校も同居していた。
 避難先の三春町にも「三春校(小学生12人、中学生10人)」をのこしての先遣〝帰還〟だが、すでに21年度末の閉校がきまっている。

 震災前に4校あった小中校を統合しての生徒数は現在…
  〇中学校 6人(震災前549人)
  〇小学校14人(震災前927人)

 その小ささは かつての山の分校 されど
 「完全燃焼 2020年東京オリンピックの聖火をバイオメタンで燃やそう!プロジェクト」には、このような現状にある学校・生徒たちにこそ呼びかけたい。

 ボクは、ここでも、左写真の広報キットを手に協力をお願いしてきた。
 できれば、小・中合同で参加してもらえれば…の願いをこめて……

 (なお、第二中学校・小学校の方は、現在も避難先の三春校で授業が行われており…旧校舎は依然あのときのままにのこされている)

 ちなみに富岡町全体で、生徒の帰還率は原発爆発事故前のわずか1.1%にすぎない。










 ここで<東日本大震災>のとき、富岡町福島第一原発10~20㎞圏内)の被害状況を整理しておくと…
  〇死者(津波死)24人
  〇関連死429人
  〇全壊・流失家屋127戸
 以下は2018年3月1日現在の数値…
  〇人口1万3192人(震災前11年3月11日現在の人口1万5960人)
  〇避難指示解除後の居住者(帰還者)458人(人口の3.4%)
  〇避難者12730人(4838世帯)
  〇高齢化率41.0%(震災前20.9%)