どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記09>-富岡町②-富岡復興ソーラー

-No.1827-
★2018年09月22日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2753日
★ オリンピックTOKYOまで →  671日


*北海道、旭川の北東、層雲峡の近くに「愛別」という小さな町がある。人口2859(18年3月末現在)、人口密度11.4人/㎢。「きのこ里」として、道内では有名。その程度の山村だ…が。とてもステキなことをして、人々に愛されてる。それは「ハッピー・ボーン」という町民有志によるプレゼントで。町民に子どもが生まれ出生届があると、昼の12時に「ボーン」と〝音〟花火(5段雷)が打ち上げ鳴らされる。これにあわせて、たとえば小学校では〝先輩〟の子たちが拍手・歓声。世界にひとつの木製「君の椅子」や、ブーケのプレゼントもある。この愛らしさに惹かれて町に移住する人もある…んだってさ。いい話しだよネ*






◆うねうねパネルの絨毯…

 《11.3.11》後の福島…なかんずく〝浜通り〟は、ただいま<再生エネルギー>シフトに鋭進中。
 常磐道から俯瞰する風景にも、太陽光発電パネルの群落が目につきます。

 <再生エネルギー>にシフトしていく場合の、もっとも大きな課題は、やはり土地。
 これまで利用されなかった山間の傾斜地活用が各地で進んでいますが、この夏の西日本豪雨災害でも、傾斜地に立地した太陽光パネルの損傷が問題になりました。

 高齢化が進む日本では、〝遊休〟や〝放置〟耕作地(都市部では空地&空家)の存在が地域の環境問題にもなるくらい深刻ですけれども…自身では耕作できなくなった農家も「先祖伝来の田畑は手離せない」。
 それに現行の法律でも、税制の都合で「農地は原則、他の用途に転用できない」ことになっていて……
 
 いま、できている工夫といえば、農地の2階(?)を借りるカタチの「ソーラーシェアリング」くらいでしょうか。

 そんな折も折、自分たち手もちの田地だけでなく、周囲の地権者にも声をかけて「富岡復興ソーラー」をたちあげたご夫妻がいます。
 元は中学教諭の遠藤陽子さん(68、代表)と、道仁さん(62)。
 二人お揃いで教職を退いた翌年に被災、現在は いわき市に避難暮らし。

 ……………

 「富岡復興ソーラー」などの出資になる「さくらソーラー」が運営する太陽光発電
 「居住制限区域」の避難指示が昨年4月に解除されたばかりの、夜ノ森地区にある現在のソーラー発電設備は、敷地約34ヘクタールにおよそ11万枚のパネル。
 立派なメガソーラーの誕生です。

 年間の発電量は、一般家庭1万世帯分に相当する3820万KW/時。
 ほかにも、広さ39平方メートルの用地に、40MWクラスのメガソーラーが建設可能といいます。

 事業期間は20年。
 その間、利益の一部を町の復興委事業に充てるかたわら、「復興ソーラー」独自にも、農業の後継者育成や教育支援事業などを考えているそうです。

 このたびは、遠藤さんご夫妻にお逢いすることはできませんでしたが、広々とした田地に大きな翼を広げるソーラーパネルには<夢がいっぱい>蓄えられているようでした。
 
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 復興の将来に向けて、いま富岡町で鋭意 構想を練っているのが、〝浜通り〟の産業基盤を再構築する「イノベーション・コースト」事業。
 その手始めに実施されるのが、「避難地域・再生可能エネルギー復興支援プロジェクト」というわけです。
 この事業には、29の地権者が参加。

 この大地の広がりが、稔りゆたかな田地であったことを想うと ふと やりきれない気分です…が。
 20年後、このメガソーラーをふたたび農地に戻すのかどうか…は、なるほど「将来世代がきめること」なのでした。