どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》被災地東北2018福島・巡礼/ <報告記06>-広野町②-ふたば未来学園高校

-No.1793-
★2018年08月19日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2719日
★ オリンピックTOKYOまで →  705日


*毎年8月15日が近づくと、〝戦争と戦傷〟報道さまざまにもりあがるなか、こんな記事があった(東京新聞8月2日朝刊一面)。太平洋戦争末期 東京大空襲 無差別爆撃のとき、アメリカ軍は過去の関東大震災の被害状況を参考に、周到な焦土作戦計画をたてていた…というのだ。その証拠となる文書がアメリ国立公文書館で見つかった、と。しかし、その労にケチをつけるものでは毛頭ないけれど、それくらい綿密な情報収集・分析戦は至極とうぜん。むしろ、当時の日本帝国軍こそが、けっして物量だけではないあらゆる戦略に劣っていた…ことの証明にすぎない。そして、その情報戦において、これはどこの国でも、「攻め(攻撃)」にくらべて「守り(守備)」が甘くなりやすいのも、たしかな事実ではある……*




◆未来学園の「未来」に籠められたメッセージ

 福島県の〝浜通り〟、双葉郡の6町2村(広野町楢葉町富岡町大熊町双葉町浪江町川内村葛尾村)は、福島第一原発の爆発事故によって、全住民 あるいは ほとんどの住民が、避難を余儀なくされ、故郷を(少なくとも一度は)離れなければならなかった。
 これらの町村からは住民の日常がそっくり消えた……
 
 ということは、子どもたちの日常も、学校も、また消え(閉鎖され)た。
 それら学校の多くは、避難先 他市町村の学校に間借するカタチでのこったけれども、母校とは避難先の違った生徒たちは他校に転校せざるをえなかった。

 震災前、双葉郡に5つあった県立高校(双葉高校、浪江高校、浪江高校津島校、富岡高校、双葉翔陽高校)は県内各地のサテライト校(間借校)で授業をつづけていた。
 が、教育環境の整備ととのわず、元の校舎での授業再開の目途は立たないまま、平成27年度(2015)からは入学募集の停止においこまれている。
 これが、酷い現実の、あまり知られていないことの、ひとつ。

 こうした事態からの脱却を目指して、県立中高一貫校の設置を柱とする「福島県双葉郡教育復興ビジョン」が作成(平成25年夏)・公表され、同時に「双葉郡子供未来会議」を発足。
 そこで、子供たちの考える双葉郡の教育キーワードとして
  〇動く授業
  〇世界とつながる
  〇夢を見つけるたくさんの「小さな窓」
 などが生まれた。

 以上のもとに、双葉郡町村会が協議の結果、平成27(2015)年4月、ここ広野町に開校されたのが「ふたば未来学園」高等学校。
 というのは、目指す「中高一貫校」にはまだなっていない(現在は〝連携〟という型をとっている)からである。

 ……………

 《11.3.11》後、被災各地に新設される学校の校名には、「私立高」を思わせるものが多い。
 公立校というと従来は、市町村名か地域名を冠した「〇〇第一小学校」とか、「〇〇第二中学校」とか、「〇〇高等学校」とかであったのだ、が。
 あの未曽有の大災害からの〝再生〟を機に、そんな過去の柵〔しがらみ〕には思いきってサヨナラ、〝自由と未来〟を目指そうとするかのように。

 ……………

 「ふたば未来学園」開校の精神には、ほかに、こんな現在の社会状況も反映されている。
 いわく
  〇少子化、高齢化、過疎化の急激な進行
  〇疲弊する産業など地域・コミュニティーが直面する課題が、震災と原発事故により先鋭化
 と、とらえ
  〇双葉郡そして福島県は、ある意味で世界の「課題先進地域」
 なのだと、前を向き、見つめる。

「君たち一人一人が、この学校の歴史と伝統を築き上げる。パイオニア、開拓者である。目の前には大きな海原しか見えない。道は君たちがつくるほかない」
「自らを変革し、地域を変革し、社会を変革する、変革者たれ」
 と、熱い。
 校訓は「自立、協働、創造」。

 ひさしぶりに聞く激励の声は、ぼくら戦後すぐ世代にも違和感ない、どころか、ぐっと共感を深くするものがある。
 こんな学校はぜひ、訪ねてみたいと思った。

ふたば未来学園は小高い丘の上

 常磐線のレールより、津波の心配のない西側。
 体育館の脇は、緑の小公園になっていた。

 夏休み前のこの日は、父兄を招いての会合があるとかで、校内は、ふだんとはちょっとチガウらしい、軽い緊張感をともなう昂奮につつまれており、教頭先生の身動きもキビキビしていた。
  
 「完全燃焼 2020年東京オリンピックの聖火をバイオメタンで燃やそう!プロジェクト」応援、呼びかけ人のボクは、ここでも、左写真の広報キットを手に協力をお願い。
 高校生レベルになると、クラブ活動の一環としてもらったほうがいいのかも…のメッセージも添えて。

 帰りぎわ、教員室のすぐ外でぱったり出逢った女子高生2人。
 エールの掌を上げたら、パチンと笑顔のハイ・タッチでこたえてくれた。