どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「人口問題」……日本の総人口1億人割れ、いいんじゃないですかねぇ!

-No.1757-
★2018年07月14日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2683日
★ オリンピックTOKYOまで →  741日



*「カウンタ―・デモクラシー」という概念(本質的な深い考え方)があります。それは<選挙>以外の方法、たとえば<デモ>とか<国民投票>とかによって政府を監視・牽制、民意を反映させようとすること。つまり代表民主制に不備なところを補う行為。ニュース映像などで見るところ、<デモ>は欧米のアメリカ・フランス・ドイツとか、お隣の韓国などで盛んだし、<国民投票>ではスイスが知られています。日本にもかつて<デモ>が盛んな時代がありました。が、いまは……。安倍政権の無理無理ゴリ押しはヒドすぎるのに、支持率が低迷しても倒閣もできない。そんななかで、一般的にはあまり流行らない<デモ>。他人ごとではなく、ぼくにもいまは正直(めんどうな…)気分があるのを認めざるをえない。でも、そんな気分だったら、どこの国でも同じじゃないだろか。さらに考察すると…要するに<デモに魅力がない>んだよな…に行き着きます。呼びかけがあれば応じたくなるようなナニか…行動のカタチとか…仕掛けとか…。近いところでは、シールズ(自由と民主主義のための学生緊急行動)による新たな集会スタイルがあって、あれはヨカッタ。あんなくふうがもっと、もっと欲しいですね。コレ、かつて全共闘(デモ行進)世代からのお願いデス!*




◆2053年に人口1億人割れ

 地球上の<人口>、この国ニッポンの<人口減少>のことを、ずっと考えている。
 まだ、将来を確信できるまでにはいたっていないのだ、けれども、大枠まちがってはいないだろうコトには、辿りつけた気がするので、いちど整理がてらお話しておきたい。

 はじめに、統計と予測の数値から。 
 
〇2016年7月。
 総務省発表、年始時点での住民基本台帳に基づく人口動態調査の結果。
 ①国内の日本人の人口は1億2589万人余(7年連続の減少、しかも減少幅は去年の記録を更新して調査開始以後最大)。
 *日本人の国内人口は、09年の1億2707万人余をピークに減少がつづいている。
 ②<東京・名古屋・関西>3大都市圏の合計は6449万5000人で、全国に占める割合51.23%(10年連続で50%超えだが、増えた内実は東京圏だけ)。
 ③<死亡数>から<出生数>を引いた<自然減>の、減少幅は9年連続で拡大、調査開始以後最大。
 
〇2017年4月。
 国立社会保障・人口問題研究所が予測した「日本の将来推計人口」。
 ①2065年には8808万人(15年からの50年で3割減)。
 ②合計特殊出生率(女性1人が生涯に産む子どもの推定数)は、65年1.44(近年やや出生率の上昇傾向があって上方修正されたが…)。
 ③人口が1億人を割るのは53年の予測(前回推計の48年より5年遅くはなっているが…)。
 *ちなみに、日本の人口が1億を超えたのは50年前の1967(昭和42)年で、右肩上がりの<昭和>を象徴するできごと。昭和の時代に日本の人口は2倍に増えた。
 ④65年の高齢化率(65歳以上の割合)は38.4%(15年の26.6%より増)。
 *一人の高齢者を20~64歳の働き手1.2人で支える計算(「超高齢化」はもはや不可避)で、俗にいわれる「肩車型」、「人口オーナス(重荷)」の時代へ。

〇2017年6月
 厚労省の人口動態調査。
 ①16年に生まれた赤ちゃんの数(出生数)は97万6000人余(前年比2万8千000人余減)。
 *現在のかたちで統計をとりはじめた1899年以降、初めて100万人を割った。
 ②死亡数は130万7000人余(戦後最多)。
 ③死亡数から出生数を引いた人口の<自然減>は33万人余で、これも過去最多。

〇2018年3月
 国立社会保障・人口問題研究所、発表。2045年までの都道府県および市区町村別の将来推計人口(5年ごとの国勢調査や想定される出生率などをもとに推計)。
 ①すべての都道府県で人口減(20年以後も増加するのは東京都と沖縄県のみだが、この二つも30年以後は減少に転ずる)。
 ②市区町村でも94.4%で人口減(うち4割以上も激減するところが40.9%にものぼる)。
 ③45年の推計総人口は1億642万1000人(約2000万人減)。
 *近年は出生率にやや上昇が見られるものの、少子高齢化の傾向はかわらない。
 *全都道府県で減少に転ずる時期については、昨年の推計より10年ほどは延びたが…。

〇2018年4月
 総務省公表、17年秋の推計人口。
 ①総人口は1億2670万6000人(前年比22万7000人、0.18%減)
 *外国人を含む。
 *マイナスは6年連続。
 ②高齢者(65歳以上)は3515万2000人(総人口の27.7%で過去最高を更新、75歳以上の割合は13.8%でこれも過去最高)。
 ③都道府県別では、減少が40、増加は7(一極集中の東京をトップに埼玉・千葉・神奈川・愛知・福岡・沖縄で前年と同じ、ただし〝自然増〟は沖縄のみで他は人口流入による〝社会増〟による)。
 *東京と愛知は前年の〝自然増〟から〝自然減〟に転じた。
 ③生産年齢人口(15~64歳)は7590万2000人(総人口の60.0%で1950年に次ぐ低さ)、14歳以下は12.3%で過去最低。

◆「人口減社会」を逆手にとってダイエット

 以上の数値を見れば、<人口の右肩下がり>は必然。
 「今後100年間で100年前の水準まで減少する」と予測されている。これは、この1000年間を通観しても「過去に例を見ない極めて急激な減少」にちがいない。

 内閣府がおこなった「人口減」に対する世論調査では、9割以上の人が「望ましくない」と答えたそうだ。これから〝超〟のつく高齢化(少子化)社会では、<年金><医療>など<社会保障>への悪影響が心配になるのはあたりまえだ。

 この深刻な世情をうけて、政府には、思いきった発想の転換が必要不可欠である。

 政府は少子化対策出生率アップ)によって、なんとか「50年後に1億人程度の安定した人口」達成を目指すというが、ハッキリいって困難だろう。

 その少子化対策にしても、本格的にしっかり腰を据えて取り組んできた北欧の例を見ると、女性の就職率が上がってから15~20年くらいは出生率が低下、しかし、それをすぎてようやく出生率が高くなってきた、という。しかもそれには、ジェンダー(男女の社会的性差)を平等にすること、つまり<男性の育児休業取得>を促す「パパ・クオータ制度」とセットにすることが不可欠であった、というではないか。

 〝ドロ縄〟でどうなるものではないのである。

 政府の建前は、いまの<資本主義社会の成長がそのまま持続すること>を前提にしているが、そんなことはアリエナイ。〝現実〟を放棄して〝奇跡〟にすがるようなものだ。

 これからは、人口が減りつづけることを前提に、社会の将来像を考えていかなければならない。
 人口が減った後にどんな社会を目指すのか。

 ……………

 「人口と経済成長とは必ずしも一致するものではない」こともあるだろう。「生産性はイノベーションで切り抜けろ」というわけだが、そんなにアマイものかどうか。
 「先進国におけるGDPは勤勉さや技術力で達成されたものではなく、ほぼ人口に比例しているにすぎない」とする説もあるくらいなのだ。

 ……………

 社会学者の上野千鶴子さんは、「平等に貧しくなろう」と呼びかける。
 その論拠は…

 <自然増>はもう見込めないから、じゃ<社会増>で行くのか。
 移民を迎え入れ活力をもらって、かわりに社会的不公正と抑圧と治安悪化に苦しむ国にするのか。
 それとも、難民を含めて外国人に門戸を閉ざし、このままゆっくり衰退していくのか。
 どっちかだ、と。

 そのうえで、上野さんは
 移民政策については「私は客観的に無理、主観的にはやめた方いいと思っている」と。
 「移民は日本にとってツケが大き過ぎる」、日本は(アメリカ・ファーストに対して)「ニッポン・オンリー」の国、だから「日本人は多文化共生に耐えられないでしょう」と。
 (じつはボクも同じ意見です、難民受け入れは<理想の博愛>だけれど、いま現実に欧州諸国で苦しんでいるように、ニッポンではさらに輪をかけて苦しむことになるだろう…と思います、<民族性には超えることのできない困難がつきまとう>からです、ザンネンながら)

 融和・共生の努力は必要です、もちろん。
 でも、それには長い時間が必要でしょう。
 これから何年もかけて、何十年か先に可能な話しデス。
 
 ならば…と、上野さんは言います。
「日本は人口減少と衰退を引き受けるべき」
「平和に衰退していく社会のモデルになればいい」
「緩やかに貧しくなっていけばいい」
「国民負担を増やし、再配分機能を強化する」
「つまり社会民主主義的な方向です」
 として
「ところが、日本には本当の社会民主政党がない」と。

 ……………

 ぼくは、どうか。
 「1億人割れ」くらいで丁度いいんじゃないか…と思ってます。
 地球規模で考えても、現在の人口はすでにキャパシティーを3倍も超えている、というんですから。

 ニッポンは根本的に、それこそ〝逆立ち〟思考すればいい。
 そうして、無理な<拡張主義>は即<縮小主義>に転換したうえで、すっきりスリムに成熟したカタチでの新社会への軟着陸を目指せばいい。世界のモデルになればいい。

 生活・生産に必要な国土は、現在の半分はムリとしても、3分の2くらいでいいのではないか。
 拡張には膨大なカネ(資金)がかかる、拡張の維持にも膨大なカネ(資金)がかかる。
 贅肉をこそげ落とせば、コンパクトで充実した国土になる。
 コンパクトな生活・生産国土は、見ちがえるほど充実したインフラに恵まれるだろう。
 
 縮小したテリトリー(生活・生産の範囲)から食み出した国土は、基本的に緑化する。
 その管理は、いつの時代にもいる「町には住めない」タイプの人たちに働いてもらう。
 休養・保養地や公園には、その入り口付近に学校ほかの健康施設を集め、青少年主体の組織に運営をゆだねる。
 
 「高齢者の見かたを変えよう」とか「過剰なサービスを見直そう」とか、こまかいアレコレも、このコンパクトな国土ではいくらでもくふうの余地がある。

 惜しむらくはボクに、その計算の根拠となるデータがない、計算法も知らない。
 どなたか教えてくださるか、替わりにやってみてくださいませんか。
 むずかしい局面に遭っても、突破口はかならずあるはずデス。