どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

エリア・カザン監督の『アメリカ アメリカ』

-No.1751-
★2018年07月08日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2677日
★ オリンピックTOKYOまで →  747日



*あえて「弱み」を見せるロボット…うまくゴミを拾えないゴミ箱型ロボットとか、ティッシュ配りにモジモジするばかりのロボットとか…。そんな頼りにならないアイディア・ロボットを、豊橋技術科学大(愛知県)が開発している、という。「弱さ」や「不完全さ」をのこすことで、人の「やさしさや手助けをひきだす」。人は便利に頼りがちな一方で、弱い存在に対してはいたわりの気もちが生まれるから、と。いいな この発想 とてもステキだ。学生たちとアイディアを出し合って、「つい人の方から手をさしのべたくなるロボット」ばかり、これまでに20種類以上が誕生しているそうな。実用化もおおいに期待できる……。おりしも、ニッポンの便利ロボットづくりをリードしてきたホンダが「アシモ」の開発をうちきったことが報じられた。ロボットの時代も転機を迎える……*






◆『アメリカ アメリカ』

 
 この映画ができたのは1963年、日本公開は翌64(昭和39)年秋。
 ボクは…といえば、志望校の現役合格に敗退、リベンジに向けて大学浪人中。
 映画なんかに現〔うつつ〕を抜かしてる場合じゃなかった…けれど、夢中だった。

 映画館は、忘れたが、たぶん横浜のどっか(予備校がそっちにあったから)。
 この映画は題名のとおり〝憧れ一直線〟、いまでいえばサッカー・ワールドカップの大騒ぎに似ている、が。
 もっと孤独で一途だった気がする(勝手な青春…そんなもん)。

 昼間の客席には多くの若者の体臭が充ち、場面場面で、ため息や嘆声、呻きも漏れる。
 そんな暗がりのなかで、中流家庭の青春は(すっげぇ…な!)息を呑んでいた。

 当時、ニッポンからもミュージシャンを中心に多くの渡米組があらわれたものだった、が。
 英語が苦手なボクは憮然と腕を組み、(アメリカだって…いろいろあるだろさ)、ゴスペル(福音音楽=黒人霊歌)のリズムに身をまかせていた。
 
 ……………

 監督は、ギリシャアメリカ人、エリア・カザン
 オスマン帝国(現在のトルコ)末期のイスタンブール生まれ。
 この映画は、カザンの<自伝>的というか、実体験と思念に溢れたロード・ムービ-。
 (実際に、カザンの両親は彼が4歳のときアメリカに移住している)
 徹底的にドキュメンタリー・タッチで描かれた。

 なにしろ、なにがなんでも「アメリカ アメリカ!」、ロード・ムービ-のストーリーは単純・簡潔。
 トルコの片田舎に生まれ育ち、オスマン帝国の圧政に苦しんでいた主人公の若者が、〝自由の国〟憧れのアメリカへの渡航を胸にイスタンブールを目指す。

 全編174分のほとんどが、「自由のアメリカ」目指して、辺境・固陋の風土に流離う…旅…また…旅…。
 (ようやく船に乗れてからアメリカまでは、本編の5分の1くらいだったろう)
 世故にたけてズル賢い奴らに騙されてもメゲずに「アメリカ アメリカ」、家族・親類縁者たちから借り集めたなけなしの旅費を奪われても「アメリカ アメリカ」、目的を達する手段に選んだ富豪の娘との縁談に心傷めながらも胸に叫びつづけた「アメリカ アメリカ」。

 この映画はトルコが舞台、だが、撮影はギリシャでおこなわれた。
 フィルムはモノクロ。
 ギリシャの風土は、不思議にモノクロが似合う……ニッポンとおなじく。
 (同じギリシャを背景にした映画は、『アメリカ アメリカ』の翌65年、マイケル・カコヤニス監督の『その男ゾルバ』がやはりモノクロ表現でみごとな成功をおさめている)

 とまれ、エリア・カザンの『アメリカ アメリカ』。
 しかしこの映画、監督エリア・カザンとしては晩年の作になる。

 カザン映画に出逢いを感じたボクは、彼の作品にずいぶん親しんできたが、その多くがじつはボクのまだ幼少年期の頃のもの、したがって、いずれも回顧上映で観てきていた。以下に列記してみる
 〇『欲望という名の電車』(1951年、マーロン・ブランド主演)
 〇『革命児サパタ』(1962年、マーロン・ブランド主演)
 〇『波止場』(1954年、マーロン・ブランド主演)でアカデミー監督賞。
 〇『エデンの東』(カザンが創設したアクターズ・スタジオ生まれのスター、ジェームス・ディーン主演)
 〇『草原の輝き』(1961年、ナタリ-・ウッド&ウォーレン・ベイテイ主演)
 *1998年には、長年の功績に対してアカデミー名誉賞。

 このように、ギリシャ青年の〝夢と希望と〟に応えてくれた〝自由の天地〟アメリカ。

◆<合衆国>の独立宣言は1776年のこと

 もうじき250年になる。その歴史をひもとけば…
 
 〝自由の国〟〝開拓の大地〟は 反面 <先住民族インディアンを圧迫>して奪い広げ<移民や黒人奴隷の労働力>によって拓かれ、命の糧をえていった大地…でもあった。

 〝世界の警察〟〝反共の砦〟は、ときに<傲慢なアメリカ>赤鬼の素顔を隠そうともしなかった。
 〝冷戦の時代〟の1950年代、非米活動委員会による赤狩りレッドパージ)では、元共産党員のエリア・カザンも糾弾の矢おもてに立たされ、(怖ろしかったのだろう)司法取引に応じた結果、彼の輝かしい経歴にひとつ<暗い影>を落とすことになった。

 〝人種差別〟の長い歴史と<気づき>を経、ようやく21世紀になって、アメリカは合衆国第44代大統領に史上初のアフリカ系(でかつ20世紀生まれ、ハワイ州出身)のバラク・オバマ(2009~2017)を選んだ。
 オバマ大統領は在任中の09年にノーベル平和賞を受賞している…けれども。
 オバマが充分にその力量を発揮できたとは言えないし、いまだに〝人種差別〟の根は(建国以来の銃社会問題とともに)深いものがある。

 冷戦時代の「キューバ危機」を凌いだ第35代大統領(1961~1963)、ジョン・F・ケネディーは任期途中の凶弾に倒れたし、想いおこせば「奴隷解放宣言」の第16代大統領エイブラハム・リンカーン(1861~1865)も銃の狙撃をうけ死亡しているのだ…。
 ぼくは、オバマがともあれ無事に大統領をつとめ終えたとき、彼が凶弾に倒れずにすんでヨカッタと安堵したものだった。
 アメリカは、そういう稀有な国でもあった。

 そうして、いま、現(第45代)大統領のドナルド・トランプは……
 カザンの時代から受け継がれてきた〝フロンティア・スピリット〟の国柄を否定、国際政治の世界を商取引でのりきる(?)新機軸に挑んでいる、かに見える。

 ついでに、史上初の米朝首脳会談を無理矢理に、なにはともあれ成し遂げてしまった彼は、(オバマの向こうを張って)ノーベル平和賞も〝とりひき(買う)〟する気らしい。

 …………

 ぼくは、つらつら、いま想う。
 たしかに『アメリカ アメリカ』の一時代は去った。

 ソ連社会主義も、20世紀末に一度、挫折の屈辱をあじわっている。
 「ベルリンの壁崩壊」という劇的なできごともあった。

 そうすると……
 対する西欧型資本主義(自由貿易体制)も、このまま無傷ですむとは思えない。
 〝転機〟は歴史の必然であろう。

 アメリカの、いまのトランプ流も、その流れだとすれば、これも必然。

 その解決に、これまでのような無益な<戦争>にたよることのない、〝成熟型ポスト資本主義〟社会への移行、その未来ある提言に期待したい。

 ……ぼくは痛切にそれを願うものだ……