どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

これからの世を生き抜く〝文章法〟をもとめて/ 『句読点活用辞典』をひもときながら…考えた

-No.1735-
★2018年06月22日(金曜日)
★11.3.11フクシマから → 2661日
★ オリンピックTOKYOまで →  763日



*「おねがいします もう ゆるしてください」。ネグレクト(育児放棄)されて亡くなった、とても5歳とは思えない子の、幼い命が綴ったノート。なんの拠りどころ(罫線ひとつ)もないメモ用紙には、叱りとばされるままに書き記された文字が懸命に整列して並んでいた。そこには、目には見えないけれど数えきれない、「??」や「!!!」や「……」や、どう表現したらいいかもワカラない「 (余白)」や「行間」の心もちが、おさえてもおさえきれない、まじりけのない想いが、揺れていた。再婚した相手との子もあった母親にはDVを怖れるかの様子も窺え、父親には<かつて虐めらられて育った子が親になって虐めをくりかえす>構図も透けて見える。だれにもある「放っておけない」気もちの行きどころなく 良心の傷みをひきずるばかり やがて表情をうしなっていく……世が たまらない……*




◆<句読点で文章イキイキ。>

 本の帯表には、上記 白抜きの謳い文句。
 帯の背には「文章を書く人 必携の一冊」とあった。
 真っ正面から来られると、さすがに気分としては ちょいと 頭をポリポリ…の感じだった、けれどもじつは、ちょうどいまこのときに、こんな本を探していたところでもあった。

 『句読点活用辞典』(栄光出版社刊、2006年第3版、15年第10刷)、著者=大類雅敏さんは句読点研究の第一人者。ハードカバーの本に 思わず知らず 背すじを伸ばす。

 ……………

 戦後すぐ生まれのボクらの世代は まさに 敗戦によって伝統の日本文化を否定され、かつ戦勝&占領国のアメリカ文化 圧〔お〕しつけの挟間にあって、正直 喘いでいたといっていい。

 まず小学校からして、先生たちが戦後民主主義教育に不慣れと戸惑いのなか、ボクらは隙間風のように吹く自由の風を、先生の顔色ぬすみ見ながら ずいぶん吸わせてもらった。

 中学から高校の頃になると、学校の授業とは別に、語学では日本語表記の研究会として「ローマ字の会」があったり、それに対抗して「ひらがなの会」や「カタカナの会」もあったりした。
 ただし、いずれの表記法もやっぱり<それだけじゃ無理>感いっぱい。

 そうして全体の趨勢としては、「漢字かなまじり文」から「かな漢字まじり文」へと流れていったのだ けれど。国語は、現代国語を基調にしながらも文語・古語に俗語・方言をまじえ、文法も現代・古文と二つを同時に学び、それに漢文の時間も加わるという状況であった。

 しかし……
 ボクは、<文章法>でとくに悩んだりした覚えはない。
 古今の本をあれこれ読むことで、文章法の<あれこれ><個性><工夫>といったものの抽斗は自然にふえたし、それに連れて自身にも独自の文章法らしきものができていった。

 ただ「、」「。」 句読点のうち方に引っ掛ることは、他人より甚だしかったようだし、文章の<息づかい>には、もともとずいぶん気をつかい、<分かち書き>の試行を繰り返したりしていた。

 ……………

 こんな<気分>が、のっぴきならないモノに変わってきたのは1989年末。
 ベルリンの壁崩壊と、それにつづく東西冷戦の終結ソビエト連邦の崩壊があって
 しかし、地球世界をとりまく空気は和むどころか、むしろどんよりとキナ臭い、不透明感に覆われて混迷し、気管支喘息でも患ったみたいに息苦しさを増すばかり。

 ボクには「古き良き息のなが~い文章の時代はおわった」気がした。
 
 それはボクが、出版編集の世界にいたから ことさら 鋭敏に感じられたのかも知れなかった けれども なにしろ。

 これから先の世代にむけた、たとえば<澄明な酸素マスクみたいな息づかい>の文章が模索されなければならない と思う。

◆そうして ここに いま現在がある

 これまでにも、<文章法>について書かれたものは雑誌などでときおり散見してはいても、腰を据えて通覧したことはなく、その必要を思っていたときに『句読点活用辞典』に出逢った。

 この本には、欧文表記も含む基本60種あまりの「句読点」と、10種類ほどのアクセント記号などが、<名称>から<用法>まで解説くわしく、わかりやすく紹介されている。

 通読した結果。
 その多くが、重要度と使用頻度を別にすれば、ボクが日頃つかっているもの、もしくは知識としてあるモノだった が。なかには、違った名称や俗称で覚えていたモノがあったり、「リーダー」類のように思わぬ展開を教えられたモノもあった。

 たとえば、ボクにはこれまでまったく未知の存在で、この本ではじめて知った「句読点」に「しろてん」というのがあった。ただし、パソコンで入力してみても変換されないし、スマホにもない。
 『句読点活用辞典』によると「白ぬきの読点」で、白ごまの輪郭を線描きにしたような「」だが、本には印刷されているから、あるところにはアルらしい。
 もとは批点(傍点)として使われた……と……そういわれれば微かに見たような記憶が ないでもなかった。

 著者の評言では「明治時代には句点や読点に用いた例がある」そうで、昭和21年の「句読法案」には「終止の形をとっていても、その文章が続く場合にうつ」とあって、どうやら「、」と「。」の間あたりに位置づけられるらしい。
 ……ならば使えそう だが どうにもボクにはしっくりこない。

 ちなみにこの本では、文の途中に用いる「、(読点)」を「呼吸、あるいは意味のまとまりを示すもの」、「もっとも厄介で困難な符号」としている。
 
 興味深かったのは
 「、」「。」などさまざまな〝符号〟のおしまいに「一行アキ」が紹介されていたこと。
 著者は「一行アキ」を「段落に準ずる余白行」とする(ちなみに「二行アキ」や「三行アキ」もある)。
 そうして「作者が読み手に察してもらったり、考えてもらったりする空間」であり、それはときに「数行、数十行の描写に匹敵する」という。

 さらに著者はつづけて「井伏鱒二は、チェホフの一行アキが模範的で、美しいと言う」と紹介。結びに井伏鱒二の『山椒魚』の一節、「一行アキ」の効果的な用法を抜粋して見せてくれていた。

 著者の大類さんは言う。

◆文章の変化のためにも、多くの句読点が用いられるべきだ と

 句読点は、「意識のうちにも、無意識のうちにも、寄り添う」もの。
 「句読法」とは、つまるところ「理論」よりも「実践」の妙味、「規則」より「変則」のおもしろさであるのだろう。
 また「規則に適うことが、いつでも効果的ではない」し「効果もあれば逆効果もある」わけで。
 そうして、つまるところ「句読点は哲学」にゆきつく……

 結論をいえば。

◆ボクは「句読点」より「句読法」、「行間」と「分かち書き」の人

 「分かち書き」はまだまだ研究されていないし、「句読点」との関わりも解明されてはいない。
 ただ、印象として言えるのは、近ごろは「句点・読点」の入り方が短くなる傾向にはあるようだ。

 あらためてボクは思う。
 <呼吸>や<間>に用いられる「読点」は、一種の<調子>にちがいない。
 
 『句読点活用辞典』の「語録編(文筆家の句読考)」に、田宮寅彦の興味ぶかい指摘があった。
 寅彦もまた「もっともむつかしいと思うのは、読点の用い方である」と述べて、「分かち書き」を推奨。
「(中略)読みやすくするために濫用する読点など、読点と言えるであろうか。何故、日本人は分かち書きを用いないのか。分かち書きさえ用いれば、読点は文中の切れ目にうつ記号という、本来の役目を果たすことになるであろう。(後略)」と書いている。

 いま現在「読点の効果」を追究しているボクにはイタイ指摘だが、(待ってほしい)、田宮寅彦の出典『国語の運命』は1978(昭和53)年のものであって、いささか時代がチガウし、ボクも「分かち書き」に活路を見いだしている点ではかわりがないのだ……

 いま ぼくの手もとに

◆童話の草稿がある

 さきほども申し上げたとおり。
 文章は<呼吸>と<調子>、文章表現は<性格づけ>だ。
 けれども、それには……

 その気になって書いたものを読んでもらうしかありません。
 『とんびのヨロロ』
 もうじきお目にかけます。