どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

小田急の特急「ロマンスカー」に最新鋭の70000型「GSE」登場

-No.1709-
★2018年05月27日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2635日
★ オリンピックTOKYOまで →  789日


ヒオウギ貝というのを、とりよせて食べてみました。ご覧のとおり、赤・橙・黄・紫・青など彩りの変化に富んだ美しい貝で、ホタテ貝と同じ仲間のイタヤガイ科。ホタテが寒冷海洋性であるのに対して、こちらは温暖海洋性、愛媛の宇和海からやってきました。漢字で書けば「檜扇貝」で、王朝文化が薫るようですし、養殖のはじまりもアコヤガイと同じ真珠採取にあったわけで。三重県の英虞湾あたりでは「虹色貝」、ほかに「色貝」の呼び名もあるようです、が。ちなみに雌雄の別は生殖腺(舌)で見分け、白いのがオス、橙色ならメス。食べ方はホタテとかわりなく、刺身(貝柱とヒモ)か、うろ(外套膜)つきのまま貝焼かステーキ。魚介類はおしなべて<色気がつよいほど味わいは薄い>ものですが、この檜扇貝は例外、刺身もバター焼きも、ホタテより濃厚な味わいでした。貝焼にしなかったのは、もちろん、あとで色貝を利用するため。おしまいに、この貝のホタテとの違いで興味深いことをもうひとつ。ヒオウギ貝は「足糸」と呼ぶ器官で岩礁に固着生活をする都合上、たとえ危険が迫っても、底生のホタテ貝のように二枚の貝つかって噴射水泳で逃げることができません…ちょと気の毒な境遇なんです。*







◆大都会近郊型特急「ロマンスカー

 長年の懸案だった輸送力改善の<複々線化>を実現した小田急電鉄
 18年春の大々的なダイヤ改正にともなって、「ロマンスカー」にも最新型車両70000型「GSE」(上掲写真、上左)が登場。
 そのうち乗れることもあるだろう…と思っていたのが、先日、新宿から町田までの帰路で実現した。

 いくつになってもガキっぽいところ(童心…ともいう)がのこるボクは、乗り物の窓景色、とりわけ運転手と同じ視点から……そう展望席からの眺めが好き。
 小田急の「ロマンスカー」でも展望車つき編成が(とくに子連れ客に)好評なのだけれど、この新型「GSE」にも展望車がついている。
 (だが席は先着希望者優先、この日の初見参はザンネン一般席だったので、途中で先頭車両をのぞいてきたが、センター仕切りのない前面窓は開放感あふれるものだった)

 「ロマンスカー」代々の車両は、皆それぞれに、ときどきの新技術を採用したすぐれものだったわけだ、けれども、こと展望車両つきの編成となると。だんぜんボクの愛好するのは1980年に登場した7000形「LSE」(上掲写真、下右)。
 車両デザインでは、最新型「GSE」をもしのぐ。この愛らしさは普遍的だ。
 同好のファンも多いようだし、〝撮り鉄〟人気もいまだに高く、名車といっていい。

 「LSE」話しをもっとつづけたいところだ、が、その前に……

◆「ロマンスカー」とぼく(ご幼少?の頃のこと)

 ちょと、むかし話を。
 父の会社の保養所が、大都会東京近郊の箱根宮城野温泉(と伊豆の伊東温泉)にあったので、ときたま遊山に連れて行ってもらうのが楽しみだった。
 ただ、その頃わが家は川崎にあったので東海道京浜東北)線経由がメインルート、小田急線にはあまり縁がなく、小田原で箱根登山鉄道線に乗り換えて行く。
 宮城野へは、さらに宮ノ下駅からバスに乗り換えたと思う。

 その頃、小田原の駅で見かけた「ロマンスカー」は、シンプルな箱型の1700形ではなかったか。
 それでも普通の電車にくらべたら別格に上等、簡単に座席の向きを替えられる転換クロスシートというやつで、いまにいたる「ロマンスカー」人気のいわば火つけ役、その乗客たちをヒジョーにうらやしく見つめたものだった。

 ……………

 あるとき、夏の宮城野温泉で対岸に火事があり、なぜかそのとき同時に、背後の山の尾根の闇にキツネ火を目撃してしまったぼくにとって、箱根山中のキツネ火と「ロマンスカー」のある風景とは、いまも、忘れがたい心象風景の双璧をなしている。

 ……………

 とまれ、その後の小田急ロマンスカー」、大都会近郊型特急列車の発展伸長めざましく。
 箱型が定番だった車両イメージをくつがえす優美な流線型の採用、さらには展望車両付きへと進んで、乗客の人気を不動のものにした。

 そうして、前記、7000形「LSE]の登場が1980年。
 価値観の多様化が旅の世界にも広がって、「もうひと味ちがったもの」が求められた時代にマッチしたデザインが賞賛され。

 それより少し前に、川崎から町田に移り住むことになったぼく。
 国鉄時代の長距離寝台特急ファンから、大都会近郊型特急に親しみを抱く世代への転換期ともなり、以後、現在にいたるまでの「ロマンスカー」すべてに乗るチャンスをものにしてきた。

◆商標登録「ロマンスカー

 そんな「ロマンスカー」の来歴を話そう。 
 
 まず小田急電鉄の会社設立は1948(昭和23)年。だが、前身の小田原急行鉄道はすでに23(大正12)年からあって。
 「ロマンスカー」の名称、その由来の歴史も古い。

 戦後まもない新宿の映画館「武蔵野館」に恋人同士用二人掛けの席を設けたところ、これが好評で俗に「ロマンスシート」と呼ばれた。
 (ちなみに、ぼくらの青春時代には〝同伴喫茶〟と称する〝風俗〟営業まがいの店があり、この席が背もたれ高く覗きをふせぐ、いわばロマンスシートであったわけだが…)

 それを、ほぼ同時期に運行開始した特急車両(座席はすべて二人掛け)に採用したもの、だそうな。以来、小田急の「ロマンスカー」はイコール「特急」であり、ついでに「ロマンスカー」は小田急電鉄の商標登録でもあるのだ。

 これらのことを記者時代のぼくに教えてくれたのが、広報担当で元ロマンスカー運転手の方。「一編成の乗客すべての命をあずかる職務でした」と淡々と語ってくれたことを想いだす。
 鉄道好きのぼくは、この方から、ご自身が乗務時代の小田急列車運行ダイヤを記念にいただきもした。

◆「箱根特急」

 時代のニーズに対応すべく、いまは「ロマンスカー」の運行形態もさまざまだ、けれど。
 もっとも基本の、新宿-小田原の小田急小田原線から箱根登山鉄道に乗り入れて箱根湯本までのものを特に「箱根特急」と呼ぶ。

 ただ、ぼくが箱根湯本まで行くチャンスは少なくて、 ふだんは正月恒例「箱根駅伝」観戦のときくらい。
 あとは、もっぱら町田 ⇄ 新宿間、30分そこそこの短い旅。以前は気が向いたときに乗ったものだったが、いまは、わが人生のご褒美! に、折あるごとに特急料金を奮発させてもらっている。

 沿線風景のハイライトは、都県境の多摩川
 「ロマンスカー」の窓は開かないけれども、川風と陽光を浴びる気分はいつも清新。
 空の澄んだ日には遠く富士の秀峰を望んで走る……