どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

映画『The Red Pill』と「ジェンダーを考える」会/Kネット(共同親権運動ネットワーク)のこと

-No.1701-
★2018年05月19日(土曜日)
★11.3.11フクシマから → 2627日
★ オリンピックTOKYOまで →  797日

 おはようございます、おげんきよう、<なっつまん>です。


*あいかわらず地味な存在でいるスポーツですけれども…。中国で行われた世界競歩チーム選手権、男子50kmで日本勢が表彰台独占の快挙。優勝は、リオ・オリンピック銅メダルの荒井広宙くん(自衛隊)で、記録は3時間44分25秒。6秒差の2位が、同じく自衛隊の勝木隼人くん、3位は、丸尾知司くん(愛知製鋼)。それだけじゃない。同20kmでも20歳の池田向希くん(東洋大)が優勝。チーム上位3人の合計タイムで競う団体でも、50km&20kmでダブル優勝。選手層も厚く、2020TOKYO大会への見とおしもグンと明かるくなりました。開会式まで、あと797日。*






フェミニスト…と、マスキュリスト…と

 レッド・ピル(赤い錠剤)は、「痛ましい事実を受け容れる」こと。
 これは、ブルー・ピル(青い錠剤)「幻想のなかで気楽に生きる」こと。
 「どっちをとるか?」は、アメリカン・ポップカルチャーの象徴。

 『レッドピル(The Red Pill)』(2016年)は、フェミニスト(女性の権利を主張する立場)にあった女性監督キャシー・ジェイ制作のドキュメンタリーです。

 シアター公開ではない映画に関心をもったら、上映会のスケジュールにあわせて出向くしかありません。
 このテーマに関心を抱いたぼくたち夫婦は、会場の立川まで行ってきました、5月5日「こどもの日」に。

 映画は、アメリカで気づきの声をあげはじめたマスキュリスト(男性の権利を主張する立場)たちに、インタビューをかさねていくうちに、みずからのフェミニストの信念に疑問を抱きはじめます。
 「女性は弱い不利な立場にある」とばかり思っていたら、じつは「男性もまた社会のなかで犠牲をはらわされ不利益を被っていた」ことに気づかざるをえなかった…。

 男性たちが命の危険にさらされる仕事を負わされている問題、自殺者も男性たちに多い問題、DV被害は男性側にもあるのに救済されにくい問題などなど…。

 つまるところ、女性の側にも、男性の側にも、人権はなかった。どちらも被害者だった。
 なにが、そうさせたのか。

 それにもかかわらずアメリカでは、フェミニストたちとマスキュリストたちとが、たがいに相手を非難しあう現状がある。
 たがいに主張してゆずらない背景には、「男女の性的分業意識」という、差別感にもとづく対立感情があるばかりではないのか…。

 深く考えさせられる、むずかしい内容でした、が。
 このテーマ、じつは日本にもすでに、あちこちに萌芽が見られるのを、ぼくは感じていました。
 それは、ぼくも関わったことがある、「男女平等」意識の向上を目指す運動のなかにも認められたことでした。

 この問題の解決にも、いまの政治状況や憲法論議と同じく、「対立の構図」をはなれたところからの、論議より対話や会話が必要、不可欠なのに。
 それができない、ヒトってアンガイな、たいしたことないやつです。

 ……………

 この映画の上映会を企画したのは、「Kネット(共同親権運動ネットワーク)」http://kyodosinken.com/
 
 日本の現状は、両親が離婚した子どもの「親権」は、母親か父親かを選ばなければなりません。「選ぶ」とはいっても、じっさいには「とるか、とられるか」です。
 そうして、この制度は多くの問題をはらんでいるにも関わらず、関心・理解は深まらない(誰しもがいざ当事者になるまでは…)まま。
 「共同親権」は、離婚して後も双方がひきつづいて「共同養育」にあたれる社会の実現を目指す活動です。

 映画のテーマとは、また別、かも知れないけれども、その背景には同じ「性差別」意識が存在するわけですから、切り離しては考えられない。
 おなじ課題に立ち向かう同士です。

 上映会(主催者の予想を上まわる参加者だったらしい)の後には、kネットの宗像さんとマスキュリストの久米さんをかこんで、「ジェンダーを考える」座談会もあり、これも盛会といってよかった。

 ぼくたち夫婦には子がなく、したがって孫もないのですが。
 ヒトが抱えるおおきなテーマですから。
 カンパをして(上映会は無料)、座談会の空気をいっぱい吸って、帰りました。

 ぼくが住む町田も、かなり意識ある市民の多いところなのに、この課題へのアプローチはまだ聞きおよびません。それが、ちと、ざんねんなことでした(……)。