どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

『嵯峨野明月記』の3人…光悦、素庵、宗達のこと/それは『唐紙~千年の模様の美~』から始まった…⑤

-No.1697
★2018年05月15日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2623日
★ オリンピックTOKYOまで →  801日

 おはようございます、おげんきよう、<なっつまん>です。

ジブラルタル海峡南欧と接するアフリカ北部、モロッコからおよそ100kmの沖合、スペイン領カナリア諸島が眩しい。そこは、深海から大西洋上に屹立する7つの火山島からなる島。赤道に近く、猛烈な<貿易風>の卓越する島々、いまはウィンドサーフィンと世界遺産の自然で名高いけれど。もうひつとの貌は、主に欧州と中南米方面とをむすぶ貿易船にとって重要な中継港。15世紀にはかのコロンブスが冒険航海の途次この島に立ち寄り、貿易風にのって新大陸発見の偉業を成し遂げているし、ラス・パルマス港にはいまも日本の遠洋マグロ漁船団が寄港する。話かわって…1995年。世情を震撼とさせた地下鉄サリン事件の折、山梨県上九一色村オウム真理教施設への強制捜査に、携行された籠の鳥が耳目を驚かせた。鮮やかなカナリアンイエロ-の籠の鳥「カナリア(金糸鳥)」は、毒物に敏感なことから毒ガス検知に動員され、その姿態の愛らしさと役割の過酷さとのギャップでつよく印象づけられたのだった。カナリア諸島がこの小鳥の原産地(……)。*




◆『伊勢物語』『徒然草』『方丈記』…王朝文化復興の豪華本

 <一の声>が、落ち着きのある物腰で語る。私…ストーリテラーは、書家にして和美のアートディレクター、本阿弥光悦である。
 <二の声>が、奔放磊落な資質そのままに語る。おれ…は自分がどこまで自分かも判じかねるふうの天衣無縫の画家、俵屋宗達である。
 <三の声>が、悩める富商の家生まれの知識人らしく思慮深く語る。わたし…は、歴史的な豪商角倉了以の息、角倉素庵である。

 辻邦生さんの『嵯峨野明月記』は、室町末期の戦国時代から安土桃山、徳川江戸時代の初期にかけて、京の都人として生き活躍した3人の文化人が、わが一代を回想し、その時代をふりかえるカタチで進行する歴史物語なのだ、けれど。
 そのじつは終盤、洛北嵯峨野のいわば〝芸術村〟を舞台に17世紀初め、「嵯峨本」というエポックメーキングな豪華本の出版事情が舞台の主役といってよく。3人はそこに収斂していく3本の縦糸。そこにかかる文化的な<縒り>、織りなされていく<綾>への愛着と執念の物語だ。

 読み応えの軸を支えるのは、いうまでもなく本阿弥光悦。いわゆる「琳派」の美意識の底には、本阿弥家の本業、刀剣(鑑定と研ぎ)を見きわめる透きとおった目がある。雲母刷りの料紙(唐紙)に書かれた手書きの書からは、姿勢と間のよさがただよい流れる。

 けれども、「嵯峨本」の版元(開版者)になった角倉素庵の人物像のほうが、より興味深く思われるのは、ぼくが素案の父、了以に傾斜していた所為かも知れない。
 偉丈夫な身体につよい意志力をもって、大堰川高瀬川、また富士川天竜川の開削に邁進した「水運の父」は、日本史のなかに特異な精彩を放つこと、ときに為政者の比ではない。
 そんな父のもとに生まれながら学問に傾注しつつ、家業の貿易商にも精をだした素庵は、この時代の悩めるインテリ(読書家)。彼にとっては「嵯峨本」が、誠実な生涯に咲かせた華であったろう。

 その「嵯峨本」の料紙に、斬新な風を吹きこんだのが、あの『風神雷神図屏風』の画家、俵屋宗達。本人にいわせると、「絵になろうとするものをオレはなげこんでるだけ」らしいから、こちらは「おもしろいね」「好きだよ」と手を叩いていればいいのだろう。

 そして、もう一人。
 これら「琳派」3美術家の、美意識の鮮血を活き活きと世にめぐらせたのが、工芸家であり装幀家でもあった
紙屋宗二。紙はなんでも、舐めてそのよしあしを性質を見きわめたという、彼の存在もまた、3人に負けないくらいおおきかった。

 その精華を、洛北嵯峨野の〝芸術村〟に結集させたものは(……)。
 つまるところ、この稀有な趣向を「いいね」と歓びむかえる気風とインテリジェンスが、その頃の京の町人に浸透してあった、ということになる。

 ……………

 ところで。
 辻邦生さんの『嵯峨野明月記』については、別にぼくの切実な感想があり。
 それを次回のお話しにしたい。