どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「原色」の想い出、「三原色」の…?…?…?…/ それは『唐紙~千年の模様の美~』から始まった…④

-No.1695
★2018年05月13日日曜日
★11.3.11フクシマから → 2621日
★ オリンピックTOKYOまで →  803日

 おはようございます、おげんきよう、<なっつまん>です。

*現在数は大洗水族館(茨城県=1頭)など7施設にわずか10頭。あの、仰向けに浮いて貝などを美味しそうに食べる姿が愛らしいラッコです。一時はパンダを凌ぐか(!?)とまで騒がれたこともある、ピーク時には全国28施設に122頭もかぞえた人気者が、繁殖がむずかしいこと、それにともなう高齢化とで、やがて間もなく〝国内では絶滅〟かと心配されているのです。ぼくは、1982年に初めて日本にやってきたのを伊豆三津シーパラダイス静岡県)に迎えて以来の、ラッコのオールド・ファン。さみしいかぎり、ですが。野生の世界でもラッコは悲劇的な動物。かつては毛皮が目的の狩猟で絶滅寸前にまで追い詰められ。いまはまた海洋汚染などで激減、絶滅危惧種指定の悲運に見舞われています。*



(左)色光の三原色、加法混合(RGB)

(右)色料の三原色、減法混合(CMY,CMYK)


◆「唐長」がつくる王朝の色

 ドキュメンタリー『唐紙~千年の模様の美~』で、「嵯峨本」の用紙を再現した「唐長」11代目千田堅吉さんは、「青・赤・黄」の三原色からすべての色をつくる、と紹介された。
 画面には、千田さんが顔料を乳鉢で混ぜ合わせる姿があって…絵の世界の人にはごくあたりまえのことだろう…が、ぼくには内心<憮然>たる想いがある。

 あえて言う、ぼくは美術(小学校では図工)がキライではなかった。
 図案・模様を得意とした…が、人物を描くと案山子…が吾ながらイヤみで、これにはマイッタ。
 絵具を混ぜるのも大胆、細心に欠けたせいで、苦手。原色のほうが気もちがよかった。

 長じて、こんどは塗料の混色。
 ぼくのイメージする「スカイブルー」をつくりたくて、繰り返し繰り返し色を加えた(だって…減らせない)結果は、塗料の無駄ばっかりの惨敗におわり。
 塗料店に「色のみち教えます」なんて看板を見ると、それだけで不機嫌になった。

 ぼくにとって色は、気むずかしいものであり。
 だれか巧者、上手があれば、拵えてもらいたいものになった。
 
 それでいて(……)

◆「原色」と「三原色」の間〔はざま〕

 ぼくをとりまく日本の自然と環境は、原色に馴染まない。

 「原色」は英語で「primary」だ、けれど、その意味するところの幅(振幅)は大きくて。
 ふつうには「原始」あるいは「初歩」のニュアンスが濃く、つまり、とても上等・上品に評価できるものではなかった。

 「原色」の「primary」が、真っとうな意味合いの「基本」「主要」に昇華して見えたのは、冬の、雪の、北の大地。厳冬の季節の北海道には、とくにも人々の服装の「原色」がよく似合った。
 それを極だてたのが、いうまでもない、雪氷の白。

 のちになって、熱帯に住み暮らす黒人たちにも「原色」が似合うことに気づく。ことにもアフリカ、赤道直下あたりの「麗」黒人、「漆」黒人には「原色」が螺鈿〔らでん〕のごとくに、はまって見える。

 「純白」と「漆黒」の間に、キラキラ、色のチャートが花びらになって舞い踊るのを知る(……)

 ………やがて………

 ぼくは、カメラから映像の世界にどっぷり。
 いっぽうで、書籍編集の仕事から印刷界にも生息域を広げ。
 <色>との付き合いは否応なしに深まり。

 ひととおりの知識は身につけ、一応の理解はした、けれども。
 けして感性でもナットクできたわけではなくて、そこには、初期のカラー(総天然色…と呼ばれた)映画を観たときにあじわった、一抹の<ほろ苦さ>に似たものがいつも介在していた。

 ヒトの生理では。
 眼の網膜に存在する光受容細胞には、三種類(長波長に反応する赤錐体、中波長に反応する緑錐体、短波長に反応する青錐体)の錐体細胞があり、これが可視光線を感受、大脳によって色として認識される、つまり「三色型色覚」だという。
 それはワカルのだ、が。
 
 そこからくる色の表現法で、液晶ディスプレイやデジタルカメラなどの画像再現につかわれるのが「RGB(Red、Green、Blueの頭文字)」カラーモデルというやつ。
 三原色をひとしく混ぜる(発光体を組み合わせる)と上のカラーチャートのようになる(見る眼にライトの発光が色刺激を放つ)、これを<加法混合>と呼ぶそうで。

 これはつまり、たとえば「赤」と「緑」の光を重ねて投影すると「黄色・橙色・茶色」の〝影〟ができ。3つすべての光を重ねていくと「黒からグレー」やがて「白色」の〝影〟ができる。
 したがって究極、白色の光(乱反射)を合成するための波長を「色光の三原色(または光の三原色)」と言うのだ、と。
 これも、まぁ、リクツとしてはワカルけれども。

 すっきりナットクにはいたらない。なぜなら。
 雪の白や雲の白は、とても〝乱反射〟由来のものとは思えない存在感で「白」くあり、それに反射する光はまた別に見えるのだから。
 これは眼ばかりのことではなくて、映像にしてもおなじ。
 対極の「黒」い〝影〟も、また、おなじ存在感で迫ってくる。

 ………もうひとつ………

 印刷物など、インクや絵の具(色素)による光の吸収(と反射)で色刺激を表現する方法を「減法混合」と言って、この場合には「シアン(C)、マゼンタ(赤)、イエロー(Y)」の「色料(絵具)の三原色(または色の三原色)」と称する。
 (これ、液晶画面と紙とでは発色の原理がまったく異なる…のはワカルし、塗り重ねることで元の光りを遮るのだから…とはいえ、なにしろヒジョーにワカリにくい)

 さらに、印刷では「CMYK」というカラーモデルがつかわれており、この場合にプラスされる「K」は「キープレート」のこと。
 「減法混合」では「加法混合(RGB)」とは逆に、三色がひとしく混じると理論上では「グレーから黒」になる(じつにワカリにくい)のだけれども、見た目には「暗い」ばかりでキレイに「黒」くはならない。
 そこで、「黒」を美しいものにして印刷効果を高めるために加えられたのが「黒」の「K(キープレート)」カラーというわけだ(まっことワカリにくい!)。

 ついでに付け加えれば、液晶表現には「ピクセル」、印刷表現には「網点」や「ドット」…もう、いいかげんにしましょうネ。なにしろ、

 ………ぼくは、そういう業界にいた………

 このようにリクツはワカリにくく、ヒトの感性としてもナットクしにくい、けれど。
 ヒジョーに優れた技術者集団のおかげで、刺激的でおもしろい仕事であった。

 そんな印刷色世界にいて、ぼくに精神安定をもたらしてくれたのが「印刷色見本帳(カラーチャート)」というやつ。
 三原色でつくるプロセスカラーとは別の「特色」集なのだが、プロセスカラーのインク配合など指示できないボクら、ほとんどの編集者には、これを頼りに現場に色あい(色調表現=調合)をお願いしていた。
 短冊になった見本帳、なかでもぼくのお気に入りは「日本の伝統色」見本なのであった。

 …………

 色のなかでは、こよなく「黄色」を愛してやまないぼくは、「日本の伝統色」では「苅安」という色がことのほか好きだった。

 そうして、俗に「きちがい色」(きっと、たぶんにゴッホの絵のせいだったろうと想う)とも呼ばれた黄色は、「陽光」の象徴であり、いっぽうで色としてはとても不安定な、他の色とは協調しにくい性質をもち、混じれば「濁る」、かわりに究極の混合色「黒」には深みと艶を与える。

 あらためて、上掲2つの「3原色」図を見てもらうと、ぼくの言わんとするところが、わかっていただけるのではないだろうか(……)。
 そうして、いうまでもなく、ぼくは「光色」の世界のヒトであり、「もっと光を」タイプのヒトであるのだった。