どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

<みちのく>に春を呼ぶ〝里神楽〟…ドキュメンタリー映画『廻り神楽』に出逢う

-No.1642
★2018年03月21日(水曜日、春分の日
★11.3.11フクシマから → 2568日
★ オリンピックTOKYOまで →  856日

*「春分の日」じゃ、桜花も開いた…ちゅうのに、この天気、この寒気はドウじゃ。「箱根で大雪」テレビの画面に気をとられていたら、ここ町田の郊外でも昼前から雪じゃ、霙〔みぞれ〕じゃ、車は薄っすら雪化粧じゃ!*



◆究極の「門付〔かどづけ〕」芸

 「ほ~ら、お神楽だょ~」
 「高い高い」してもらって観衆の頭越しに、舞台が見える。
 笛に太鼓、神楽囃しが鳴っている。

 装束姿にお面を被った正統の神社神楽より、獅子舞やひょっとこが軽妙に動きまわる里神楽のほうがぜ~んぜんオモシロかった。
 お囃子も祭囃子に似て、こころうきうきアップテンポだったし。
 幼い日の記憶は、いっかな薄れない。

 ……………

 昨年までに、すでに18回も繰り返してきた《11.3.11》被災地東北行脚巡礼の旅、その途次、何処ぞの食堂であったろうか。
 壁の写真の一枚に、正月迎えの晴れ着の家族が揃って、厄払いの、獅子に頭を噛ませて笑みくずれている図があって。
 「あぁ」とぼくは、思わず独りごちた。
 (この祝いごとも流されてしまったんだろねぇ…)
 そのことであった、痛切な喪失感におそわれた。

 ……………

 そもそも神楽には、宮中に発祥する「御神楽〔みかぐら〕」系と、広く民間に行われてきた「里神楽」系とがある。
 つまり神楽は、もともとは「神に奉納される」ものだ、けれども、里神楽になると大衆的にくだけて、「厄払いと予祝(前祝い)」の色濃いものになっていった。

 その里神楽は、とうぜん、各地方ごとにさまざまなカタチをとることになったわけだが。
 そのひとつ東北地方の、岩手県宮古市を根拠地とする「黒森神楽」は、ふだんは各人がそれぞれに生業を持つ「神楽衆」によって伝えられてきたもの。

 基本のカタチとしては「太神楽〔だいかぐら〕」、各地を巡って「ことしも良い年でありますように」祈りと願いを所作にあらわすものだけれども。
 これにとり入れられ、人気も大きくて全国に流布されたのが、伊勢に起源する獅子舞であった。
 (太神楽のいまは、獅子舞と並ぶ芸ごとのひとつ曲芸で魅せる、寄席の〝色もの〟芸になってすっかりお馴染みだ)

 「黒森神楽」には、この獅子舞(獅子噛み)もシッカリとりいれられている。
 新年(正月)が明けてから3月にかけて、農閑期の神楽衆は江戸初期の頃から、もう350年にもわたって、三陸沿岸の久慈から釜石あたりまで150キロの間を巡りながら、民家を一夜の宿りとしながらの究極の門付芸、座敷で神楽を演じ、獅子舞もし、亡き人の前には神楽念仏を唱えながら、海の安全や大漁も願いながら、地域の人々にとけこんできた。 2006年には国の重要無形民俗文化財に指定されている。
 (東日本大震災後は、犠牲者の鎮魂、住民への激励がすべてだ)
 「神楽がくれば春はもうすぐ」

 ……………

 そのリアス三陸の伝統行事、黒森神楽をドキュメントしたのが映画『廻り神楽』。
 新聞の記事に出逢って、「どっこい生きてる」ことを知り。
 年明け早々のポレポレ東中野に観に行った。

 映画は、神楽衆メンバーのふだん生業に従事する姿も伝えながら、1月3日黒森神社で神霊を獅子頭に移す催事から始まって3月までの巡行を、それを心待ちにする人々の情景などいちいちに寄り添い、細やかにひろいつづける。
 神楽衆のメンバーたちが、同じ庶民でありながら神がかりして、ときにはユーモラスに人々に芸を披露し、鎮魂していく。

 <みちのく>三陸に生きる人々は、ひいては日本の沿岸地方に暮らす人々はすべて、海なしには、海を恨んでは生きてはいけない。
 人はみな、自然にさからっては生きていけない、自然と自然〔じねん〕につきあっていくことがすべてなのだと、この作品は映像で語りかける。

 観おわって、不覚に涙がにじんだ。
 おなじ趣向の、もうひとつのドキュメント、雄勝石巻市)に伝わる『海の産屋-雄勝法印神楽-』を、風邪にやられて見のがしたのも不覚であった……