どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

チョコレートにまつわるよしなしごと

-No.1628-
★2018年03月07日(水曜日)
★11.3.11フクシマから → 2554日
★ オリンピックTOKYOまで →  870日





◆バレンタインデー

 
 ぼくの、遊び友だちのひとりは、クリスマスもサンタクロースも「知らん」かった。
 ぼくの、遊び友だちのもうひとりは、「クリスマスはメリケンさん(アメリカ人)家のお祝い」で、「サンタクロースがプレゼントもって来てくれるのは暖炉の煙突のある家(いい暮らしの家庭)だけ」と信じていた。

 どちらも、まわりからは「ビンボーな家の子」と言われており、「サラリーマンの子」であるぼくは「チュウリュウ」とも呼ばれ、その語感が「駐留(GHQ)」と同じなので、なんとはなしに引け目に感じていた。
 「チュウリュウ」の子は身ぎれいだったけれども、ときに「ビンボー」とされる子のゼータクより貧しく思われることもあった。

 ぼくの、同級生には、少なかったけれど「いいお家(お金持ち)」の子もいて、クリスマスに「お呼ばれ」することもあったが、そのツリーがキラキラする聖夜の会に、遊び友だちの「ビンボーな家の子」の姿はないのだった。

 くりかえし言うが、ぼくは戦後すぐ1945(昭和20)年の生まれ、労働者の町川崎に育った。
 京浜工業地帯の、工場群からは少しばかり離れてはいたが、近所に「オンリーさん」の家があったりもした。

 ぼくは「クリスマス」には素直になれない子に育ち、やがて中学生になるとすぐに、その時季にあたる冬休みは汽車に乗って、クリスマス逃避の旅に出ることを覚えた。
 その頃はまだ、地方には「クリスマス」騒ぎがさほどおよんではいなかったから、ずいぶんホッとできたのが懐かしい。

 長じて子ども騙しの「クリスマス」が、異性との対峙「バレンタインデー」に化け。
 同じようにしてまた、地方に救いを求めて旅立ったぼくだったが、もう、こんどばかりはとても、「クリスマス」も「バレンタインデー」もともに、逃げきれない状況になっていた。

 こうして「バレンタインデー」のチョコ、おかげさまで「義理」も「本命」も味わわせてもらったわけだけれど……

 フッと甘く、想い出すのは「高級」でも「手づくり」でもない、あの「明治ミルクチョコレート」である。
 
 小学校を卒業したぼくは、中高一貫の都内の私立高に通うことになり、川崎駅から乗る京浜東北線が通学路線になった。
 電車が都県境の多摩川を渡るときに、漂い流れてくる匂いの記憶は…ざんねんがら川風でも海の香りでもなくて、河畔の工場からの、「味の素」グルタミン酸(その頃はまだ化学合成でなかった)と「明治製菓」乳菓のくすぐったいくらいに甘ったるい匂い。

 「味の素」より「明治製菓」に思い入れが深いのは、小学校時代に「工場見学」の想い出があったからだ。
 ひととおり工場見学のあと、「おやつ」に出された板チョコ裁断ミス品の美味しかったこと!! こっそり隠し持って出た掌がベタベタになった子もいたのだった。

 「久助〔きゅうすけ〕」というのを、ご存知か。
 製造過程で割れたり欠けたりして、正規品とはなれなかった半端もの、規格はずれを集めた「割れ菓子」。それを安く売ったのが「久助」で、煎餅類に多かったもの。戦後すぐの子持ち家庭には重宝されたものだが、ナント(!!)そのチョコ版である。
 物資のなかでも甘味に乏しい、甘やかされて虫歯になる子が問題になる以前の世の中でもあった。

 それからの「明治ミルクチョコ」は、苦味のきいた「森永ビター」と人気を二分していくわけだが、いずれにしても「チョコは日本がいちばん」の時代。
 ぼくに、「ギブ三―・チョコレート」と米兵に強請った経験はないのだ、けれども、夜店で米軍放出品のヌガー・チョコを買ってもらって食べた覚えはあり、そのベッタリと脂っこい味わいとカーキ色の軍服につつまれた米兵の尻のデカさとは、ピッタリ表裏一体の後味わるい〝戦後〟の記憶であった。
 それにくらべて日本のチョコの、なんと平和であたたかく甘かったことか。

 青春期にいたって酒精に魅かれ、洋酒に親しむ頃には、ゴディバなど高級ショコラ独特の味わいも覚えたわけだが…それでもいまだに、懐かしく買い求めるいちばんのチョコは「明治アーモンド」である。
 同じ豆仲間の相性の佳さでもあろうか、チョコと(ゼッタイに丸ごと)アーモンドのペアほど絶妙なものはない。
 
 一粒カリッと歯ごたえ味わって、ふと想い出すのは、あのアメリカさんヌガー・チョコのベタベタ脂っこさであり、しかし、幸いにもニッポン人好みのチョコにはそんな諄さは微塵もない、その清々しさがしみじみとウレシかった。

 ……………などと縷々、言ってはみても……………

 バレンタインのチョコ、最近はすっかり、ひとつきり。
 姉とその娘(姪)二人が、「三姉妹」とか称して贈ってくれるだけになった。
 (かみさんも、チョコは三姉妹に席をゆずってしまった)
 ことし「ベル アメール」、去年は「パレ ド オール」だった。

 でもさ。
 「バレンタインデーなんかやめちゃえ」みたいな動きが一部におこってきたりして、これまでとはすこ~しばかり、風向きがかわってきたみたい。そうだよね。
  根も葉もない たかが流行りの カゼじゃもの

 (いいんじゃないですかねぇ、いいかげんに、もう治って…)
 などと心中ひそかに思いつつ、でも美味しくチョコをいただいてしまい、気がつけば早や<雛祭り>もすぎて、ボクは(ホワイトデーにはなにがいいだろう)の考えに追われはじめている。