どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

馬事公苑…馬術競技会場は開催費用面での優等生

-No.1592-
★2018年01月30日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2518日
★ オリンピックTOKYOまで →  906日








◆<馬事公苑>という特別な響き…

 小田急線「千歳烏山」駅からバスで5~6分か、そこら。
 歩いても行けそうだった、けれど、ちゃっぷいし、バスを待った。

 農大前で降りるとすぐに、かわいい馬の銅像のせた「馬事公苑」への道標に出逢う。
 門前までは、短いながら石畳の並木道がつづく。

 ……………

 ぼくは〝庶民〟と自覚している。
 ごくふつう(…かと思われる)中流家庭の、母の躾けはもっと上を目指して厳しかった…けれども、ぼくはいつも(ちゃう)と感じつづけ、そうして実際に上流とはやっぱり、まちがいなくチガっていた。

 庶民から遠いスポーツに、テニスと馬術があった。
 テニスは、興味があってデヴィスカップを観に行くようになり、観戦には慣れたが、実践のハードルは高かった。
 馬術のハードルはもっと高くて、観戦のチャンスにも恵まれなかった。

 その後、日本のテニスは錦織選手の登場でようやく世界のハードルを越えた(?)感があるが、馬術の方はいまだに、オリンピックでも「参加することに意義がある」段階にとどまっている(?)、ざんねんながら。

……………

 「馬事公苑」の門の上にも、われら人類と長いつきあいの〝パートナー〟馬の胸像(?)がのっている。
 閉めきられた門に「オリンピック開催に向けて工事中」のお断わりが出ていた。

 2020TOKYOの馬術会場は、当初予定の夢の島江東区)から、15年冬になって、ここ馬事公苑に変更された。

 馬事公苑ができたのは、ぼくが生まれる前、日本が太平洋戦争に突き進む直前の1940(昭和15)年。
 日本競馬会によって創設・開苑されたもので、「馬術の訓練」と「協議会の開催」と「馬事知識の向上」を目的としたが、当初から競馬の騎手養成が主に行われていた。

 いちやく広く世間の注目をあびることになったのが、前回1964(昭和39)年に開催された夏季オリンピック大会の馬場馬術競技会場になったこと。
 (この頃から馬術競技は、ほかの競技とは格別な趣をもっていました)

 あれから50余年を経た馬事公苑は、全面的に改修…というより、ほとんど新装・新築されることに。
 今年1月から始まった工事で、すでに敷地のほとんどが更地に近い段階。グルリを防護柵に囲まれて見るものもない状態だったけれども、まずはその全体を実感しておくために、ひと回りしてみる。

 馬事公苑のある一帯は、世田谷区上用賀1・2丁目。
 日本中央競馬会(JRA)が所有・管理する広さは東京ドーム4個分の約19万平方メートル。

 かつてはここに、300余頭の馬を収容できる厩舎をはじめ、馬術アリーナ3面、馬の診療所、装蹄施設など、全体で「馬の町」といえるほどの充実した施設・設備があったわけで。
  ハード面よりも、むしろ、さまざまなノウハウなどソフト面での経験と蓄積に、他所にはマネのできない大きなものがあったのではなかったか。

 こんどの2020大会では、ここで、「馬場馬術総合馬術障害馬術」の競技が行われる。
 老朽化だけではない、競技場としての国際基準にあわせる必要もあっての、大々改修なのである。

 現在の馬事公苑周辺、一帯はまったくの住宅街で。そして、道路はすべて昔のままの狭さで。
 大会本番での道路輸送のことが、まず気にかかる。もちろん今後、開催に向けてはさまざまな対策が講じられることになるのだろう、けれども、選手・関係者に観客もまじえた混雑が相当なものなることは、まちがいない。

 散歩姿の土地人に尋ねると、前回オリンピックのときは働き盛り、忙しい盛りで、競技観戦はできなかった、という。
 ぼくより5つ以上は人生の先輩にあたる方。いまは区のボランティア活動に参加する身で、馬事公苑の散歩にすごす時間がなにより健康にいいと笑う。
 
 放牧場の春は桜、秋は武蔵野自然林の紅葉、お花畑や遊園地には一面の緑のなか春から秋までさざまなの花たちの開花がつづいて飽きないと、しきりに、いまは囲われた遮蔽のなかを懐かしむ……

 3つ目の角まで来ると、道を挟んだ向かいのインドアアリーナが、ちょうど解体工事の最終段階にさしかかっていた。

 開催費用の高騰に多くの関心が寄せられる2020TOKYO大会だけれど、馬術競技の行われるこの馬事公苑にだけは、そのへんの心配がない。いわば優等生。
 解体も含む改修工費、およそ317億円はJRAが負担する。

 ぼくは、冒頭に申し上げたとおり、馬術競技に関してはまったくの門外漢だ。けれども、お二人だけ選手の名をあげることができる。

 ひとりは、法華津寛さん。
 前回64年東京大会の障害飛越に出場した方で、その後は馬場馬術に転じてなんと2012年ロンドン大会まで現役選手でありつづけ、2020TOKYOに出場を果たせば、世界最高齢の記録になる。
 そのときの年齢なんと79歳、ほかの競技ならありえない話しながら、経験が大きくモノをいう馬術競技ではワカラナイ。

 もうひとりは、総合馬術の大岩義明さん、2020大会は44歳で迎えることになる。
 この方も、すでに3大会連続のオリンピック出場を果たしているのだが。
伝統的にヨーロッパが本場の競技でもあるこことから、彼もずっと海外修行の身、現在はドイツが拠点。
 馬場馬術・野外騎乗(クロスカントリー)・障害飛越の3種目(3日間)を1頭の馬で闘い抜く総合馬術は、いわば「馬術トライアスロン」競技。だれよりも自身に「最初で最後の東京」晴れ舞台での活躍を深く期している。

 ともあれ、馬事公苑
 取材に歩いた昨年の晩秋11月、周辺の道路でもオリンピック本番に備えてのインフラ整備工事が各所で進んでいた。

 なお、馬事公苑が大会後の再改修を経て、一般の利用が再開されるのは22年度の予定とか。想えば、ずいぶん遠い日々が待っている。
 
 ぼくも、もういちど改修の様子を見に…。
 いや、こんどのオリンピックはぼくにも最後のチャンス、チケットがとれるものならぜひこの会場へ、馬術競技を観にきたいものだと思った。