どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

映画『ダンシング・べートーヴェン』に出逢って…/『第九』がスッキリのみこめてしまった!

-No.1584-
★2018年01月22日(月曜日)
★11.3.11フクシマから → 2510日
★ オリンピックTOKYOまで →  914日

*朝から微細な雪片らしきものが風に舞っていた町田市の郊外…警戒予報どおりの雪が午前10時頃から降り出しました。積もりそうな気配、雪除けの道具と長靴を玄関前に準備すませたところ。これは要注意デス*

*昨夜、録画しておいた日テレジータスHD(404CH)の2時間番組、『続報!箱根駅伝 G+特別編』を今朝早くに観ました。2・3日の本番からすでに半月、「ほんと、好きねぇ」と呆れ声でいたかみさんが、しばらくすると「やっぱり、いいわね」と。そうです、実況中継では伝えられなかった数々のコース脇での場面、選手が走る前・走った後のナマの声がレース結果とは別のドラマを伝えてくれます。もし、この続報結果を知ってから選手たちがあらためて走ったらどうなるか…まで考えさせられてしまう。そこまで追っかけてもらえる『箱根駅伝』てほんとにスゴイ、本番で走れた選手たちは、結果抜きに、やっぱりシアワセ者です。*



◆こんなことって…あるんだ

 映画館の闇のなかにあって。
 (そうだったのか…やっぱり…)
 ぼくは、思わず立ち上がりたくなるほどの、うちなる衝動をほとんど抑えかねていた。

 ベートーヴェンの「第九(交響曲第9番)」に、ダンシングが振り付けられていた、そのことが。
 おどろきとか、いいねとか、そんなんじゃなくて。
 (だって、そうだよね)
 なのに、きょうまで気づかずに日をすごしてきてしまったことが、無性に悔しかった。

 ぼくは「第九」に、「合唱付き」と、わざわざコトワリが付くことが、まず不思議だった。
 はじめてレコードで、その交響曲に出逢ったときには(そんなものなのか…)と思ったわけだ、けれど。

 はじめて演奏会にでかけたときには、そのあとに、??????????…疑問符の行列がのこったことをよく覚えている。
 (なんで合唱が付くだけなの)
 (なにか…たりない…気がしませんか)

 そう感じながらも、まったく自分とはべつの分野のコトとしたまま、放ったらかしに身すぎ世すぎしてきたあげく、ヨワイ70をすぎたいまになっていきなり、天使とばったり出逢ってしまうなんて…みたいな。

 ……………

 ぼくが、ベートーヴェンを知ったのは、けっこう古い。
 戦後まだ間もない、ぼくが子どもの頃に住んでいた市営住宅の壁には、ミレーの複製画『晩鐘』とともに、ベートーヴェン肖像画写真が飾られてあった。
 
 そんな両親だから(人なみの習いごとをさせてやりたい)思いはあったのだろう、いろいろともちかけられたが、バイオリンもピアノも嫌で、バレエにいたっては(ジョウダンでしょう)ほとんど怖気をふるって拒んだ。
 習い覚えたのは結局、ソロバンを3級までと、(父の墨文字の佳さには目を瞠ったものだから)もっと長くつづいたのが習字くらい。

 その後のぼくは詩文を好んで、楽聖ベートーヴェンの知識は「みずからは耳の聞こえない作曲家」だったこと、くらいにとどまった。
 それだけは、まったく想像を絶する性質〔たち〕のことだったから忘れられない。

 宝生流謡曲をよくした父は、いちじ、ぼくに仕舞や狂言の興味を惹こうともしたが、そっちもゴメンなさい、で。

 ぼくは秘かに、これも両親そろって好きだった落語家への道に憧れていたのだ、けれど…そっちの方はそっちでまた…昔気質の両親の「長男なんだから(イケマセン)」という、よくわからない理由で拒否された。

 大学時代には、クラシック音楽好きの友がまわりにいて、ずいぶん付き合わされたりもしたけれど、「ダレソレ指揮のナニがドウの」という手合いの談義には、とても付き合いきれなかった。

 総じてぼくは、、もとよりの(かなりへそ曲がりな)性格として、伝統とか格式とかの系統に出逢うと、おとなしく従うよりもそこに変化をもとめたい、<正調>よりも<破調>に傾く気味があったのだ。

 だから…なにが言いたいのか、といえば。
 (そうして、だからぼくは、ベートーヴェン「第九」に付いてあるべきダンシングに出逢うチャンスを、みすみす見のがしてしまった)

 ……………

 さらに言えば。
 2014年11月、東京バレエ団創立50周年記念公演のダンシング『第九交響曲』がNHKホールで上演されたときは、ぼくたち《11.3.11》東北遍路の最盛期で、年に5回も旅に出張っていたからまるで気がつかないでしまった。

 さらに、フランスの天才振付師、故(2017年に逝去)モーリス・ベジャールによるダンシング『第九交響曲』の初演が1964年にあったことなど、まるで知る由もなかったのである。

 このたび、そのモーリス・ベジャール・バレエ団、後継振付師(ジル・ロマン)による、日本公演のときのバックステージ模様を渾身、描ききった映画『ダンシング・べートーヴェン』にしても、かみさんが「観たいな」と誘ってくれなかったら、あやうく見のがすところであった。

 (いま想えば…身が竦む)

 ……………

 なにしろ、そのバックステージ(舞台裏)そのものが、〝ひとはみなきょうだい〟の世界観のもとにあり。
 〝混沌〟のなかから〝調和〟をみちびきだそうとする……

 バレエはモーリス・ベジャール・バレエ団と東京バレエ団の共演で、ダンサーの肌の色も、その背景にある文化も多彩、オーケストラは指揮者ズービン・メータひきいるイスラエルフィルハーモニー……

 実際に、そこに登場する人の数、フルオーケストラにソロの歌手、合唱団、くわえてダンサーの総数80人余、あわせて総勢350人におよぶアーティストの結集である。

 なるほど、これこそが総合芸術、〝奇跡の共演〟といってよく。
 これから先も、めったなことでは再現できそうにないもの。

 ダンサーたちの、肉体みなぎらせての表現力には、いつもながら感嘆しかないのだけれど、この『ダンシング・べートーヴェン』では、それがさらに極限まで凝縮されたばかりでなく、裸の人間場面の相克までくわわっていたのには、舌をまくしかなかった。

 第2楽章のすてきなソリスト、カテリーナが妊娠のため役をおろされ、そのことでキャリアが中断される不安と、いっぽう生まれくる新しい命への愛とのあいだに揺れ動く姿が、それこそ『第九』の訴える世界観に迫っていく……

 ダンシング『第九交響曲』は、第4楽章でダンサーたちが一堂に集い、昂奮をたかめて<歓喜の歌>へ。そうして魂がおののくようなファランドールへとなだれこむ……
 ダンシングの容〔かたち〕は乱れながら、すばらしい一体感へと昇華するのだった。

 ……………

 「観ておいたほうがイイ」と、お節介に思う映画は多い、けれど。
 「観ないのは一生の失態」とまでいえる映画は、これが初めて。

 ましてや、オーケストラに合唱さらには、極めつけのダンシングまで振り付けられた生の公演に居合わせるチャンスの限られることを、あらためて想わざるをえない。
 わが生あるうちに、願わくばもういちど、ぜひにも、そのチャンスのあらんことを!!