どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

「マザーテレサ賞」に坂茂さん/         東北18次<巡訪>の報告をおえて…〝番外〟編

-No.1557-
★2017年12月26日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2483日
★ オリンピックTOKYOまで →  941日


*この冬は寒さ格別に厳しそうな予感…だけれど、凍てついてきた庭の片隅、球根栽培のプランターからは〝耐寒〟春さきがけの花ヒヤシンスが早くも芽吹いて、土のなかはほっこり、早やひとあし先の春迎えです*








◆やさしい〝まなざし〟

 このたびは8月末から9月上旬にかけて長駆18日間の旅、帰ってのち52回にわたる報告記をおえて、気がついたら、すでに年末になっていた。
 その間にあった諸々のことのなかに、ひとつ、是非つけくわえてお伝えしておきたいことがある。
 これは、ある〝番外〟格別、受賞の記。

 …………… 

 建築家、坂茂さんに名誉があった。
 「マザー・テレサ社会正義賞」の受賞は、建築家で初、日本人としても初。
 〝人類に対したぐいまれな貢献をした個人や組織〟に贈られるこの賞、2005年の創設以来、マララ・ユスフザイさんや「国境なき医師団(MSF)」が受賞している。
 
 坂さんは14年、建築界のノーベル賞プリツカー賞」を受賞しており。
 すでに斯界の権威だ、が、ハタケ違いのぼくは、じつはお名前くらいしか存じ上げていなかった。

 坂さんの仕事を知り、その理念に深く共感したのも、じつは《11.3.11》の被災地東北<巡訪>。

 あのときの大津波、凄まじいばかりの〝引き波〟の脅威を見せつけられた、三陸の狭小な町、女川。
 その高台に、アッケらかんと展開された〝アパート〟型の仮設住宅群に出逢って、ぼくの<被災地>感は吹っ飛んだ。

 坂さんは、女川町長から「十分な平地のない町内には仮設住宅も満足に建てられない」悩みを聞き、これまで温めてきた構想が生かせると想った、という。

 それは、海上輸送用のコンテナを活用して、しかも2~3階建て。
 防災にいうまでもない高強度をもつコンテナを、それも斬新に市松模様に積むことで、手狭になりやすい住環境を開放的に、おまけにガラス張りのLDKまで実現して魅せた。

 それより、なにより「いいな」と感じ入ったのは、入居した人たちの気に入られ、「ずっとここにいたい」とまで言わしめたこと。

 ぼくは、この<災害列島>日本に、たびたびの被災を繰り返してもなお、いっこうに文化として育たない<減災>意識、仮設住宅がもじどおりの単なる間にあわせ<仮設>にとどまりつづける不甲斐なさを、哀しく想ってきた。
 だから、従来のプレハブ長屋ではない、木造・ソーラー給湯設備付き(住田町)や、緑ゆたかなキャンプ場バンガローへの入居(陸前高田市)など、<仮設>臭を感じさせない住環境に救われてきたのだ、が。

 坂さんの発想は、これら、それでも抜け出せない<仮設>の呪縛から、みごとに、きれいに脱却して見せた。
 ぼくは素人なりに、建築こそがあるべきは〝実用〟の美、究極の建築デザインは<構造>に尽きる、と考えてもいる。

 坂さんの設計思想には、それらの上に、やさしいまなざしがある、のを感じる。

 この<多層コンテナ仮設住宅>の後、流失・移転・新築・新生なった鳥のように〝羽ばたく〟女川駅も、坂さんの設計。
 紙とパイプと布とで避難所にプライバシーをもたらした〝間仕切りシステム〟も、彼のアイディア。

 そうして、また彼は、建築家たちによる災害支援機構「ボランタリー・アーキテクツ・ネットワーク(VAN)」の活動にもとりくむ。

「こうした活動には若い建築家たちも興味を抱き始めているので、この動きは全世界に広がっていくだろう」
 坂さんの受賞の弁である。
 キナ臭い世に一服の清涼剤、ぼくたちにできるのは、その美味を讃え、この飲料を喉音も高く飲んでみせることダ。