どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

〝競歩〟という競技がオモシロくなってきた!

-No.1431-
★2017年08月22日(火曜日)
★11.3.11フクシマから → 2357日
★ オリンピックTOKYOまで → 1067日



◆銀&銅フィニッシュの快挙

 衝撃的な〝ボルト時代〟の終焉と、同じ舞台でバトンワーク快挙を見せつけ、初の銅メダル(リオ・オリンピックの銀につづく)獲得に沸いた2017世界選手権陸上ロンドン大会。
 蒸し暑いさなかのこともあって、なんとなく(そんなもんかなぁ)と気怠い気分だった…大会最終日。

 冷房のないボクの木工仕事部屋〝ちっこ房〟から、クーラーの冷気に生き返る思いの母家にひきあげてきて、風呂を浴び、ビール片手にスウィッチを入れたテレビの画面に、〝クネクネ〟と形容される独特のスタイルで「歩く」競技、男子50キロ競歩の映し出された場面に、日本勢2人が上位ねらいの位置にあるのをみとめて、そのまま最後まで見とどけることになった。

 男子マラソンのときとは断然ちがう、熱っぽいムードが画面から伝わったきた。
 それが〝存在感〟というものであったろう。
 派手さのない競技ながら、そこには上位を目指し生きのこりにかける男たちの、静かな闘志のぶつかりあいと駆け引きが展開されていた。

 ぼくが観たのはレースも後半、マラソンならゴール後のことになる、選手たちはすでに2時間30分も歩きつづけた頃からだった。
 単独トップの選手とは4分という大差がついての2位グループ。ふつうなら興味が失せてもふしぎはなかった、が。
 そうさせなかったのは、2位争いのグループとはいえ見せ場をもっていたことと、個人競技ながらチーム・ニッポンのスポーツマンシップが感じられたこと。
 
 それからの1時間あまり、ぼくを画面にくぎづけにしたのは、距離を伸ばすにつれて表情がどんどん良くなっていくニッポンの2選手が、やがてグループを(スパートというよりいつのまにかスルスルッと)抜け出し、自信にみちた笑顔を見かわす余裕までもって2・3着フィニッシュしたことだった。
 天晴れ!

 もちろん課題がないわけではない。
 2位(銀)荒井広宇くんの3時間41分17秒、3位(銅)小林快くんの3時間41分19秒は、世界記録保持者で1位(金)のヨアン・ディニ(フランス)の3時間33分12秒とは8分余の大差が開き、独走をゆるして〝もういっちょ〟の見せ場をつくれなかったこと。山崎勇喜くんの日本記録3時間40分12秒にもおよばなかった。
 もうひとつは、この大会にリオ・オリンピックの上位2人が欠場していたこと。

 しかし、「ほかの人よりメダルへの欲求は少ない」と話していた荒井くんが、リオの銅メダル獲得で「精神的な余裕がおおきくなった」とより高みへの成長を見せ、なお「まだまだ発展途上、もっと強くなる、彼(優勝のディニ)のように独走できる選手になりたい」と語った力づよさにカンパイだ。
 チーム・ニッポンとしては、3人めの丸尾知司くんも5位に入賞は、おおいに評価できる。

 いま、想い出すのは1964『東京オリンピック』記録映画にのこされた〝競歩〟競技の映像。
 スポーツには素人だった市川崑監督らしい新鮮な感覚の名場面が多かったなかでも、とくに、リズミカルな競歩スタイルに発揮される人間性の活写で魅せたわけだけれど、あれにはカメラマンもふくめた撮影スタッフに、いかに新鮮なおどろきの競技であったかが素直に表れていた。
 
 「競歩」という競技は、当時、それほど一般には知られない存在であり、ぼくなども(なんやオモシロい種目があるもんだな)程度の認識でしかなかった。
 しかし、ここ数年のあいだに日本でも「競歩」競技は市民権を大きく獲得。
 世界選手権の舞台では大会最終日を飾る競技でもある。

 ニッポンの競歩陣にはほかに、こんかい故障からの回復途上で出場できなかった鈴木雄介くん(20キロ競歩で2015年世界陸上北京大会銅メダル3時間42分55秒)など、有望な選手が多いし。

 2020TOKYでは、どうやらマラソンにかわって陸上競技のメインスタジアムを沸かせる競技になりそうな予感……