どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

《11.3.11》2015夏の巡礼⑧-ひとあじチガウ女川/「きぼうのかね商店街」のひととき

-No.0722-
★2015年09月13日日曜日
★《3.11》フクシマから → 1648日
      高倉健没から →  307日
★ オリンピック東京まで → 1776日

*栃木・茨城の特別警報豪雨が東北に移って、飯舘村福島県)では除染廃棄物入りのフレコンバッグが流される事態がおきた。中身が流れ出たのはわずかだったそうだが…ても、バッグは密閉されてはいない。水で洗われ沁み出した放射能は、ふたたびもとの山野へ水系へと戻っていった…*








◆8月17日、雨やまず

 大川小学校を訪れたあと、ぼくたち、この天候では行きどころに窮して…。
「こうなったら、買い物と入浴休憩あるのみ…ですかネ」
 ボクの提案に、カミさんもアネさんも異論はない。

 女川町へ。
 ぼくたちは、女川運動公園野球場に建てられた3階建て、とてもプレハブとは思えないしゃれた造りの、常識をくつがえした仮設住宅に感心させられてから、女川町を見る目がかわっていた。
 ここには、よそとは〈ひとあじ〉違ったものがある。
 (町長独自の人脈によるところが大きいといわれるが…)どこかしらん、垢抜けているのダ。

 津波をまぬがれた女川町地域医療センターの高台から、一面に大規模な盛土造成の風景が広がる市街地を眺めて。
 女川高校グランドの「きぼうのかね商店街」に立ち寄る。

 ちなみに。
 女川町は、高台移転を決めるのが早かったので復興も迅速に進んだ、といわれる。
 そのとおりかも知れない。
 防潮堤をどうするかで揉めているところとでは、あきらかに躍動感も人々の活気もチガウのだった。

 「きぼうのかね商店街」は、お盆の後ということもあって、休んでいる店が多かったけれど。
 八百屋さんを見つけ、(生野菜は買えない旅の身)今夕のデザート用に果物と、酒の肴に女川町オリジナルの「さんまそぼろ」に「銀鮭そぼろ」、「ホタテとオリーブのトマトカレー仕立て(スパイスタパス)」なるものを購入。いずれも味わいヨカッタことを付け加えておこう。
 
 岡果菜専門店のおやじさんは、「もういちど港近くに店をだすかどうか、津波のことがあるからまだ決めかねている」とのことだった。これから先、住居は高台にしかもてない。
 店の窓ガラスには、なかなか気のきいたコピーの写真ポスターが目をひいていた。

 このように他所とはひとあじチガウ女川で、のこる課題は原発再稼働。
 町民の賛否は拮抗して、容認派の方がやや優勢とのこと。
 復興資金を少しでも多く確保したいまは…ということかと思われるが、町長の本音はどんなものか、ぼくは、いちど聞いておきたい気がしている。