どこゆきカウントダウンー2020ー

2020年7月24日、東京オリンピック開会のファンファーレが鳴りわたるとき…には、《3.11》震災大津波からの復興を讃える高らかな大合唱が付いていてほしい。

8月14日夕、安倍晋三首相の「戦後70年談話」のこと

 テレビ中継の画面を見つめ、傾聴しました。
 あらたまった態度、あらためて意識して引き締めた顔、表情。
 安倍さんは、ご本人が思っているほど〝役者〟じゃない、ようですね。
 外交辞令はあるでしょうけど、効果はごく限定的じゃないですか。
 これも首相にとっては〝意外〟なんでしょうけど…。

 談話は、とてもよくできた作文でした。裏方の智慧、流石です。
 諮問した「21世紀構想懇談会」からの提言をもとに、歴史の声に耳をかたむけたと、くりかえしました。
 歴代内閣が表明してきた歴史認識と、立場を引き継ぐことを強調、じぶんのことにはしないで。
 「悔悟」なんて表現まで加えて見せましたが。

 印象は、上っ面をどこ吹く風…みたいな。
 どこか、ひとごと、よそごと。
 時間ばかり長くて、中身はなくて。
 独自性もなければ一貫性もない、これまでの発言との整合性もなかった。

 広島原爆の日、長崎原爆の日の挨拶でおなじで、口ばっかり。
 この方の言葉には、およそ真実味がありません。

 ご本人は「これならどうだ文句はあるまい」ってところでしょうが、う~ん、無理があるなぁ、見え見えだなぁ…。
 謙虚を装っても、やっぱり傲慢の本質が底から透けて見えている。
 次世代以降にまで謝罪をつづける宿命を負わせるわけにはいかない、という言い方で、じぶんたちのつよい責任感を印象づけたかったんでしょうが。
 かえって腰は引け、背筋もスッキリ伸びてはいないことが、ハッキリしてしまいました。